「ちょっと、あんたどこ行くの。」

「え。客席の方に……、ええと、一応関係者の席があるので。」

本番前に袖で準備をした後、では皆さんまた後で と声をかけると引き止められた。瀬名先輩だ。どこに行くのと聞いた瀬名先輩の目はすごく怖くて慌てて弁明をすれば納得したかのように息を吐いた。

「あっそう。」

「あの、客席から見てます…。」

「……。」

私の言葉に一瞬戸惑ったような顔をするとすぐに顔を背けてしまう。私はお辞儀をするとそそくさと席に向かった。
会場はKnightsやRa*bitsのファンの人で溢れていた。なるほど、松岡さんはこれを狙ったんだ。現役高校生アイドルのファンは同世代が多い。そりゃ、ジャストで売りたい年代がブランドお披露目会に来るだろう。ミニライブとか言うからおかしいなあとは思ってたんだよなあ。まあ、こちらも美味しいしいいか。

「松岡さん、」

「お、来たね〜。」

「いや、なんでいるんですか。ステージに居なくていいんですか?挨拶とかありますよね?」

松岡さんは足を組むと いいの!と笑った。

「こんな大勢の前で話すの向いてないのよ、私。」

嘘だあ、という顔がバレてじとりと睨まれる。いやだって嘘でしょ。松岡さんがまさかあ…。でもまあ決めつけるのは良くない。もしかしたらほんとに苦手なのかもしれない。…多分めんどくさいというのが一番の理由だと思う。

「ほら、座んなよ。」

隣のパイプ椅子をパンパン叩かれたのでお邪魔することにした。
着席をするとふと 学校外で見れる先輩達のいるKnightsとRa*bitsは今日が最後かも、と再び寂しい気持ちになる。最初に撮影したばかりの広告の発表とそれぞれのユニットが出てきて軽いトークが入る。後ほど各ユニットに配れるようにとカメラを回す。
発表が終わったあとに司会者が さて、と咳払いをした。

「この後、特別にミニライブを行います!Ra*bitsとKnightsの皆さん、どうぞよろしくお願いします!」

わあ、と会場が歓声に包まれ私もドキドキし始めてしまった。
最初はRa*bitsからで愛らしいパフォーマンスにファンの人が目を輝かせている。会場も参加できる振り付けも多いので全体で楽しい!が共有できるユニットなんだなあ、と改めてメモをとる。こういうのは活かしていかないと。
Ra*bitsが終わるとKnightsに切り替わる。転換はスムーズで問題は無さそうだ。リハは1回だけだったのに流石である。会場のライトが絞られてサイリウムが目立つ。イルミネーションみたいだ。

「いいねえ、いいねえ、ライブって感じ!」

「そうですね…!」

松岡さんに声をかけられて私はゆっくり頷いた。

「…………。」

私の衣装は本当に先輩を最大限に輝かせられているのだろうか。実際に見てても分からないが満足はしている。上手にできました、だなんて自分を褒めているとステージの瀬名先輩と目が合った気がした。指を指され ふ、と微笑まれるとまた視線が外れる。それだけの事なのに急に顔に熱が集まって頭が回らなくなる。なんだ、今の。

「お、なんだ今の。」

松岡さんが私の気持ちを口に出すもんだからさらに困惑してしまう。揶揄うように「ねえねえ、今さあ、名字ちゃんの事見てたよね?指さしてたよね?目が合ってた?どう?」とつついてくる。

「私だったのかは分からないですけど…、なんの顔だったんでしょうね…。」

「さあ?名字ちゃんに分からないなら私にもわかんないよ!」

ああ、でも、とてもドキドキする!目を伏せてもう1度先程の瀬名先輩を思い出してみる。サイリウムの光やステージに向けられたライトの中で立つ先輩。私には世界一綺麗な光景に思えた。

「( おかしいな。鳴上くんだって、朔間くんだって、月永先輩だって、朱桜くんだって…、みんな同じのはずなのに。どうして先輩だけに目がいってしまうんだろう。)」

それを考えてしまうともうダメで、ほぼ答えが1つしかないものだった。いやまさか、なんで、そもそもいつから、と自分のことなのに混乱してしまう。

「( 嗚呼、瀬名先輩は今日も綺麗だ )」

あの人の衣装をもっと作りたかった。キラキラと別世界みたいな場所で輝く先輩を見ながらぎゅう、と洋服を握りしめる。
来月になれば先輩は卒業してしまう。
寂しい、寂しい、寂しい、と言葉がぐるぐる回って喉が苦しくなる。

「( せんぱい、すきです )」

そんな思考になってから我に返る。私は本当に自分のことを一生好きになってくれることはない人に恋をしてしまったらしい。だめだ、名前すら呼んでもらえない私が先輩の目に映りたいだなんて考えてはいけない。
私は気づいてしまった気持ちに素早く蓋をした。そして再びステージに視線を戻す。ひりひりする胸の痛みは気のせいだ。歓声が耳の奥で鳴っていた。


イベントは大成功だった、と思う。袖に捌けていくメンバーを見て慌てて戻ろうと立ち上がった。

「松岡さん、私、失礼します!」

じゃあね〜、と手をヒラヒラ振って私を見送ってくれる松岡さんに頭を下げるとバタバタと移動をする。大回りをしながらスタッフさんに挨拶をして控え室に向かった。ドアをノックして扉の向こうに声をかける。

「失礼します、」

恐る恐る覗くとまだ衣装のままの皆が居てわりとくつろいでいるようだ。

「お疲れ様です。本当に、今日はありがとうございました。松岡さんもすごく満足して下さってましたよ。」

声をかけながら備え付けの冷蔵庫からペットボトルを取り出して配った。わいわいと楽しそうにしてるのを見ながらこのあとの予定を確認していると影がさす。

「え、」

「…………。」

瀬名先輩だった。私を見下ろす顔からは心理状態はうかがえない。バクバクと心臓が鳴った。

「今日の企画の流れ、段取り、悪くなかったよ。」

「は、え、」

褒められた?褒められたのかな。ぎゅうう、と胸が締め付けられる感覚と目の奥が熱くなる感覚が一気にやってくる。
瀬名先輩に褒められることに慣れてない私は挙動不審になっていると思う。

「………。」

むす、とした顔をすると去っていってしまった。恐らく私が気の利いた返事をしなかったからだろう。
離れていく背中を見ながら私はもう1度瀬名先輩の言葉を咀嚼する。悪くなかったよ。褒められてるかは分からないけど少しだけ認めて貰えたような気がして気持ちが高揚した。
ふー、と長い息を吐くと気合を入れるために両頬を叩いてみる。次の大きな企画は返礼祭になるだろう。その時にまた少しでも褒めて貰えるように頑張ろう。

「では皆さん、今日はこれで終わりになるので着替えてください。私、外に居るので終わったら声掛けてくださいね。」

声をかけて外に出ると先程録画した映像を見返す。ちゃんと撮れてる、と満足するとそれをしまって膝を抱える。
明日からまた頑張らないと。