一週間はあっという間に過ぎた。先輩はあとの3回ともこう、変で、何か言いたいのかちらちらとこちらを見たり微妙に優しかったりと練習がしにくかった。いつも通りなら勝手が分かるがどういった心境の変化なのかは理解ができない。対応に、困る。

「ここで待っててください。通行証もらってくるので。」

「おれも行くんだぜ〜!」

天満くんが走り出そうとしたのを受け止めると用意していたベルトを手首に括り付けた。ベルトの先には縄があり私がそれを握っている。

「見た目が悪いし申し訳ないんだけど…。天満くん、今日のお仕事はいろんな機材とかあって会場も広いみたいで危ないからこれを付けていようね。どこか迷子になっちゃうのも怖いし…。」

「お、おまえいつの間にそんなものを…」

仁兎先輩が困惑したように私を見る。お手製のそれは天満くんにピッタリで安心した。今後Ra*bitsの仕事がある時は活用していこう。

「ん?って言うことはおれ今日はね〜ちゃんとずっと一緒?」

「うん、そうだね。たまに仁兎先輩と一緒になります、うわ、」

「わ〜!やったんだぜ〜!!!」

特大ハグ!うう、可愛い…!可愛い!こらみつる〜!と真白くんが引き剥がしたところで声が掛かる。

「はやく通行証、取ってきな。」

その声に背筋が伸びた。おそるおそる後ろを振り返れば瀬名先輩が仁王立ちで立っていてこの顔は久々に見たなあ、と冷や汗をかく。

「俺がこの縄持ってるから。早急にね。」

天満くんの紐を奪い取るとしっしっ、と私を追い払う仕草をする。い、いつもの瀬名先輩だ…!と若干安心すると走ってその場を去った。怖い先輩が苦手なのか優しい先輩が苦手なのかわかんなくなってきたぞ…!
受付に人数分の通行証を貰うとすぐに戻った。今日は本当に寒い。みんなを待たすのは体調不良に繋がる可能性がある…!
通行証を配りながら瀬名先輩から天満くんを引き受けようとしたが中々渡してくれない。

「あんた先輩なんだから責任もって管理しな。」

と、仁兎先輩に押し付ける。ほら、早く入るよ、と知ってる会場なのかスタスタと歩いていってしまった。困惑しっぱなしの私が助けを求めるように鳴上くんを見ればただ笑いかけられただけだから私が敏感に反応しすぎなのだろうかと不思議になってしまう。控え室にみんなを入れて私は企画を回してくれた主催の人を探し始める。

「名字ちゃん。」

「あー!松岡さん、この度はお声がけいただいて本当にありがとうございます!」

髪を右サイドに流した美しいこの女性こそが今回のイベントの主催者であり、ブランド立ち上げのデザイナーさん、松岡さんである。

「元気だった?準備時間もなかったのにほんとごめんねえ。いや、でも名字ちゃんに頼んで良かったわ。ちゃんとイメージどおりのイケメン達つれてきてくれちゃってもう、このこの〜!」

「いたい、松岡さん痛いです…!」

ぐりぐりと肘を当てられる。嬉しいような複雑だ!松岡さんは基本的にパーソナルスペースが狭い。実際ありえない距離で話しかけてきたりするものだから傍から見たら姉妹に見えてしまってるかもしれない。なんて恐れ多い。

「まあ、本番も期待してるよ。」

「は、はい!期待しててください!」

松岡さんと分かれた後、会場に郵送していた荷物を受け取りに行く。実は今回のイベントの為に簡単にだがブランドのコンセプトに合うような衣装を流星隊と別件で作っていた。鬼龍先輩やなんと斉宮先輩まで手伝ってくれたのでなんとか間に合ったのだ。まあ、斉宮先輩に関してはRa*bitsへの貢献度がかなり高い。嬉々として制作していたし、私がやめて!とお願いしてもここにフリルこちらにレースとどんどん可愛らしくして言ってしまうものだから多少大変といえば大変だった。Ra*bitsの衣装を修正した時の苦労を思ってほろりと心の涙を流す。
Knightsの衣装は私メインで仕上げた。瀬名先輩の衣装を作るのはこれが最後だろう。衣装を撫で付けるとしんみりとした気持ちになる。
やっぱり最後まで先輩の事は理解出来なかったなあ。怒られてはいたし泣きもしたけどでも、

「………寂しいなあ。」

ぽつりと言葉が漏れる。先輩はすごい人だ。信念もあってそれを曲げないし努力でこの厳しい世界を走り抜いている。多分私はそんな先輩に憧れているのかもしれない。私にはできない。唯一自信のある洋裁だって努力をしてる訳じゃない、好き勝手にやっているだけだしプロデューサーとしては全然だ。努力しても伴ってない。

「よし、戻ろう。」

衣装を抱えると控え室に走る。本番前のリハーサルがもうすぐ始まるので軽く着心地を見てもらいたい。


「すみません、お待たせしました。」

「お。名前、遅いぞ〜!」

月永先輩が楽譜に書き込みをしながら私に声をかけた。すみませんともう1度言うと衣装を広げる。

「あら、なあにこれ。今日はいつも通りの衣装でやるんじゃないの?」

「実はこっそり作ってたの。間に合わなかったら悲しいから秘密にしてたんだ。」

あらあらあら、と衣装を眺めると素敵ねと笑ってくれた。

「いや、Ra*bitsのはこれ、フリルが…、」

「すみません、それは止められなくて。でも女の子のブランドの広告ですしこれぐらいならいいかな、と。」

そもそも女の子用のブランドの宣伝をなんで男の子達がやるんだろう、と疑問に思ったが松岡さんの事だ。恐らく可愛い男の子にも似合うブランドにしたいというのがあるんだろう。男の子のブランドを女の子が持ってても変には思われないがどうしてだか男の子が女の子ものを持つ事が躊躇われるような事もある。男の子も使えるよ、という意図があるんだろうなあ。多分だけど。

「う、まあ、着るけどさ…。」

仁兎先輩が服を広げて苦笑いした。きっと誰が手伝ってくれたのか分かっているんだろう。瀬名先輩はじ、と衣装を眺める。
私が初めてこの人の衣装を作りたい!と思ったのが瀬名先輩だ。最後なら私が自信をもって先輩に着てほしいと言える服を作りたい、瀬名先輩が最高に輝ける衣装にしたいとつい張り切ってしまった。それだけ気持ちのある衣装への反応が気になって仕方がない。若干緊張すら感じる。

「………、いいんじゃない。」

ぼそりと呟かれたその言葉はじんわりと私の気持ちを温かくしていく。つん、と鼻の奥が痛くなった。いやいやいや、そんなぐらいで泣くな!
着替えてもらうと微調整を始めた。簡単な調整なのですぐ終わってリハーサルに行ける。
微調整が終わり、ステージに上がっていく背中を見ながらなんだか再び寂しい気持ちが襲う。

「名字ちゃん。」

「あ、松岡さん。」

「あの服、名字ちゃんが用意したんでしょ。」

え、わかります?とドキドキした。プロの松岡さんにコメントを貰えるなら例えダメ出しでも嬉しい!

「いやあ。青春ね。」

「え?」

思ってもなかった言葉に首を傾けた。

「全体を見ればすごくまとまってる衣装なのよ。普通に見ればなんの違和感もない。でも、あのシルバーの髪の子。瀬名くんだっけ?あの子の衣装だけやけに気合入ってるわね?」

にやり、と口角を上げるとなるほどね〜、と笑った。

「恋をしてると見た。」

「ぶっ、」

思わず吹いてしまった私は数歩下がった。恋!何を言ってるんだこの人は!突拍子も無いことを言わないでください!と窘めるとええ?と眉を顰められる。

「絶対そうだよ。好きでしょ〜、」

「えええ、違いますよ…!だって向こうは私のこと嫌いですし、私も怒られてばかりで怖いし…。いやでも尊敬はしてるんですよ。」

「へえ、尊敬ねえ?因みにどんなところ?」

「努力家なんです、先輩。あんなに堂々とステージに立つにはやる事ちゃんとやってないと無理ですよ。勿論、先輩以外もそうなんでしょうけど…。今かかってる曲も実は何回もやってきてる曲なんですけどこっそり練習してたり、グループを守る為に一生懸命だったり、すごい人なんですよ。あとはスキンケアとかもそこら辺の女の子よりちゃんとやってるし美意識に関しては学校一だと思います。……怖いけど。」

「…………、」

ジロジロと私を見て松岡さんはため息をついた。

「そんな恋する乙女みたいな顔で語られて 恋してないのね、はいそうですか って私が引き下がると思うな〜!」

ぐい、と首に松岡さんの腕が絡む。小脇に抱えられるようにされてるので松岡さんの胸が顔に当たる!恥ずかしい!

「……なにやってんの…、」

リハーサルと言っても音響の確認、立ち位置の確認だけだったのですぐに戻ってきた瀬名先輩達が何事かとこちらを見ていた。
瀬名先輩はジロジロ松岡さんを見る。

「あ!お疲れ様です。こちら今回声をかけてくださった松岡さんです。デザイナーさんです!」

「どうも。」

松岡さんは簡単な挨拶をして私を離すとじゃあ、と立ち去っていく。嵐のような人だな…、とその背中を見送った。
時計を見ると本番まであと数時間だった。