※瀬名視点

最近あいつの様子がおかしい。いや、向こうも俺の様子がおかしいと思っているに違いないが本当におかしいのだ。あんずと話しているのを見かけてさり気なく近寄れば下手くそな芝居で用事が出来たとどこかへ行くしその去り際なんの真似だか知らないが拳を握った手を僅かに上下させる。あいつ単体だと俺も話しかけるのを躊躇ってしまうので基本誰かといる時を狙うのだがあんずの時だけはそういう不可解な行動をする。そう、まるで俺とあんずを二人にしようとしてるかのような…。いや、でも考えすぎだろうか。

「ちょっと、あんず。」

「こんにちは、瀬名先輩。」

探し回った姿に声をかける。あんずの表情の読めない黒い目がこちらを見た。
この間のレッスンからあのちんちくりんが戻ってきたがそれは俺が仕組んだことだった。あんずに頼んで仕事が出来たとかなんとか言ってあいつを戻して欲しいと頼んだのだ。2月のこの時期だ。来月には俺は卒業をする。今、あいつが持ってきた企画を逃したらもう一緒に仕事ができないかもしれないと気がついてしまったのが事の始まりだった。しかし、あんなふうに八つ当たりをしてしまった手前戻自分から戻ってきなとも言えなかったので協力を頼むしかなかった。戻ってきたあいつは何故か自分が全部悪いんですみたいなことを言ってたがそうではない。小さな声で謝った俺の言葉は届かなかった。

「この間はどうもね。…あとさ、あのちんちくりん様子がおかしいんだけどなんかあった?」

「ちんちくりん…?名前ちゃんの事ですか?」

無言で頷けば顎に手を当てて考えるあんず。

「……いや特に…。クラスも違うので何とも言えないんですけど。具体的にはどう変なんですか?私には普通の様子にみえるんですけど。」

あんずの言葉に確かに、と心の中で頷く。四六時中一緒にいる訳ではない二人だ。仕事の事で悩んでるとかでは無ければ案外何も知らないのかもしれない。

「凛月くんとか嵐くんに聞いてみたらわかるんじゃないですか?」

それは考えていたがあの二人に聞いてどんな顔をされるかと思ったら聞けない。どうやらあの二人、あとは王様には俺の気持ちを感づかれているようで名前が話題に出た時は様子を伺うようにこちらをにやにやと見ている。チョ〜うざい…!

「………、」

では、とあんずが去ったところで肩を落とす。あの二人に聞いてみるしかないか。



「ねえ、なるくん。」

「なぁに、泉ちゃん。」

鏡を一生懸命見ながら粉を叩いているオカマに声をかけるとこちらも見ずに返事をされる。まあ、内容が内容だし見られていない方が丁度いいのかもしれない。

「あのちんちくりんのことなんだけどさあ。」

「名前ちゃん、でしょ。」

「うるさい。…あいつ最近変なんだけどなんか知らない?」

変?と顔をあげるが表情から察するに思い当たる事がないようだ。

「教室じゃいつも通りよ。何が変なの?」

あんずと同じセリフに苦い気持ちになる。何が変って……。

「俺の思いすごしかもしれないけどさぁ、あいつ、やたら俺とあんずを二人きりにしようとしてるっぽいんだよね。」

そう言えばこれには何か思い当たる所があるようでくまくんと目配せをする。ああ、とくまくんは呟くと ロッカー事件ね と薄い唇を開いた。

「ロッカー事件…?」

「そう、ロッカー事件。名前と最後に衣装合わせした時のこと覚えてる?」

なるくんが止めようとしたのを俺が止める。衣装合わせ?

「家庭科室で?」

「そうそう、セッちゃんが名前を探しに出る前にしたあの時の会話は覚えてる?」

「どんな話したっけ。覚えてない。」

あいつが遅いからと探しに行ったのは覚えている。その前に何か会話をしたような……気もする。

「ほら、セッちゃんは名前ぐらいが恋人にするには丁度いいんじゃない?って話、したじゃん。」

「……、」

した。そんな話をした気がする。あのちんちくりんはない。そう答えたのも思い出した。

「実はあの時ね、掃除用具入れのロッカーに名前が隠れてたんだよ。もしかしたら会話の流れからセッちゃんがあんずのこと好きって勘違いしてるのかも。だってセッちゃん、名前の事はちんちくりんとか呼ぶくせにあんずはちゃんと名前で呼ぶもんね。」

一瞬時が止まったかのような錯覚に陥る。あの時なんていう会話をしたかは細かくは覚えていないが傷つけるようなことを言ってしまったかもしれない。本人に聞かれてるだなんて思ってもみなかった。

「あの後ロッカーから出てきた名前は可哀想な事に泣いてたんだよねぇ。それでナッちゃんが元気づけるためにケーキを食べに行こうって誘ったの。その事もセッちゃん、怒っちゃったんでしょ?」

くまくんの言葉を聞きながらあの小さな背中が丸まって震えている光景を思い出した。あいつはもしかしたら思ってる以上に俺の事で泣いているのかもしれない。
もういっそ関わらず守沢だとか羽風だとかTrickstarの赤い髪のあいつに任せてしまった方が名前のためなのかもしれないと考えた時、俺の手を振りほどいて他の男に駆け寄って行ってしまったあいつの姿が脳裏に過ぎった。昨日の放課後、俺はそれを見て言葉にならないぐらいに悲しいと感じた。何を話してたのかは勿論聞こえないから知らないが楽しそうに他の男の前で笑ってるのを見てひどく落ち込んだ。あんな顔、俺には見せないし俺もさせられない。そんな俺がなんの権利があって落ち込んだり嫉妬したり勝手に傷ついてるんだ、と言われてしまえばその通りなのだが性格上こうなってしまうのは仕方がない。素直に好きを伝えられるならそうしてる。

「諦める?名前の事。」

面白そうに頬杖をついた憎たらしい顔は普段ならぶん殴りたいぐらいだが今はそんな気力もない。

「………ていうか、俺、そんなに分かりやすい?」

これだけ周りにバレていればあいつも気がついていいのではないか。気づいてほしいやつには気づいてもらえない。

「まあ、アタシ達は付き合い長いから。」

なるくんがそう言うのを聞いて唇を噛む他なかった。