※羽風視点
名前ちゃんが守沢くんにお弁当の袋を渡すのを見た俺は混乱した。え?二人付き合い始めたの?えー!ちょっとちょっと名前ちゃん、そういうのは俺には言ってよ〜!結構ショックなんですけど!
「え、羽風先輩何言ってるんですか…?」
名前ちゃんは冷ややかな視線を俺に投げるとさりげなく守沢くんに寄る。守沢くんは話の流れをよく理解していない顔をしているのでこっちを問いただすのは厳しいだろう。
「え?じゃあ、お弁当とかなに、ズルくない?俺には?」
「これは最近お世話になりまくってしまった守沢先輩へのお礼なんです!」
ぷりぷりと怒る名前ちゃんは ね!と隣に同意を求める。
「そうだぞ羽風、これは名前からのお礼の品だ。」
「へえ〜…、何だか納得できないけど、とりあえずランチは俺も混ぜてよね。」
「え、なんでですか。」
本当は名前ちゃんと二人がいい。が、それは難しいだろう。大体二人きりにさせるとかありえないから。絶対に阻止したい。と、まあ本心は置いといて俺は笑みを貼り付けるといいじゃんいいじゃんと名前ちゃんの背中を押して教室に入る。ザワザワとした教室の窓側の前端を陣取ると名前ちゃんを座らせる。名前ちゃんは辺りを警戒するかのように視線を彷徨わせていた。守沢くんも後からついてやってくると何故か名前ちゃんの隣に座る。
窓側に名前ちゃん、隣に守沢くん、名前ちゃんの目の前に俺という配置につくと守沢くんは早速お弁当を開けた。キャラ弁というやつだろう。ヒーロー戦隊を模した彩り鮮やかなお弁当だった。こんなの多分だけど守沢くん大喜びでしょ、と顔を見れば案の定キラキラと目を輝かせている。
「あの、美味しくなかったらすみません。一応本を見ながらやったんですけど…。」
「名前、これはすごいぞ…!感動だ…!高峯も見たら喜びそうだな。写真をとってもいいか?皆にも是非見てもらいたい。」
そう言いながら既に写真を撮り終えてしまっている守沢くんに名前ちゃんは苦笑いを浮かべる。守沢くんはそういうところあるよね。実は、と名前ちゃんは自分のお弁当箱を開ける。
「守沢先輩とおそろいなんです。」
照れくさそうに守沢くんのお弁当と自分のを並べる名前ちゃん。いやほんと二人きりにしないでよかった…!
ふと視線を感じてそちらを見れば瀬名くんがこちらを見ているではないか。正確に言うと名前ちゃんの背中を見ていた。かなりイライラしているようで触らぬ瀬名に祟なしだと判断した俺は自分のお昼を広げる。
「羽風先輩、買い弁なんですか。」
「え?あ、うん、そうだね。」
名前ちゃんは俺の斜め後ろをぼー、と見たあと視線を戻す。考え事をする時のこの子の癖だ。
「良かったら交換しませんか。先輩にもお世話に……なってますし、その、もし不愉快で無ければ、なんですけど。」
「え!いいの?」
願ってもない申し出だった。ラッキー!名前ちゃんの作ったお弁当。はあ、生きててよかった。俺は買ってきたパンを名前ちゃんに渡す。
彼女が手間暇かけて作ったお弁当と自分の惣菜パンを交換するのは気が引けたがその心配はすぐに無くなった。
「あ、このパン好きなんですよ、私。」
ぱあ、と花を飛ばす彼女を見て心が温かくなった。本当に癒されるなあ、と守沢くんとお揃いのお弁当をつつく。手作りなんだな、と改めて実感したのは隅にあるサラダの胡瓜が薄く2枚繋がったのを見た時だった。ああ、こう絶妙に抜けてるところがいいんだよ。
「美味いぞ、名前!」
「ほんとほんと、これはいいお嫁さんになれるよ。俺が保証する。」
「…!」
くり、とした目を更に大きく見開いて頬を染める。嬉しいのか恥ずかしいのかあわあわとしたあとポツリと漏らした。
「およめさん、」
わかるかな〜、この胸がぎゅわ、ってなる感覚。わかるかな〜!す、と目を伏せて気持ちを落ち着かせる。妹が居たら絶対に名前ちゃんみたいな子がいい。よし、と目を開けるとなんとも言えない顔をした瀬名くんが視界に入った。怒ってるみたいな泣きそうみたいな。俺が見てる事に気がつくと顔を逸らしてそのまま教室を出ていってしまう。
「……、」
なにあれ、気になるなあ。もしかして名前ちゃんのお弁当が食べたかったとか?うーん。
「ちょっとごめんね、少し席外すよ。」
この二人を残すのは正直言って嫌だ。この後俺がいないところでいい感じになってもらっては困る。…まあ、守沢くんにそういう感情は無いだろうけど。
教室を出るとすぐに目当ての背中を見つける。小走りで駆け寄ると声をかけた。
「ねえ、」
「……?なに?なんか用?」
いつも通りの顔をした瀬名くんが怪訝そうに俺を見る。あれ?見間違いだったかな。
「あー、いや、俺の勘違いだったらいいんだけどさちょっと気になっちゃって。名前ちゃんに何か用あった?」
「………、べつに。」
途端に不機嫌そうになるのでこれは何かあると分かってしまった。そういうの分かっちゃうんだよなあ、俺。
「えー?そんなふうに見えないんだけどなあ。良かったら話聞くよ?」
鬱陶しいと視線が俺に訴えかけてくるが後が怖いとかめんどくさいよりも興味の方が大きい。
「だからあ、なんでもないって言ってるでしょ。俺はあのちんちくりんに用なんかないの。だいたい羽風、あいつとお昼してたんじゃないわけ?」
「…そう言えば前から思ってたんだけどさ、瀬名くんってあんずちゃんの事は名前で呼ぶのに名前ちゃんは呼んであげないんだね。喧嘩した?」
綺麗な顔が固まる。お、これはいい所ついたか?
「女の子は二人しかいないんだからさあ、平等に扱ってあげないと。」
「………、できるならそうしてる。」
表情を曇らせるとやや俯いて唇を噛み締める。どうやらその事に関しては自分でも悩んではいるそうだ。ああもう、と吐き捨てるように呟くと整えてある髪をがしがしと乱した。
「あいつ見てるとイライラするの!鈍臭いから目が離せないし、こっちがいくら気にかけても本人は衣装の事しか考えてないし、普段ヘラヘラしてる割には俺の前では全っ然笑わないし。…まあ、これに関しては俺自身に思い当たることがあるから強くは言えないけどさぁ…。兎に角、あいつが相手だと調子が狂うわけ。」
なるほどねえ、………ん?
「え?瀬名くん、ほんと?え?わかんないの?」
「は?なに?」
「いや、それってさ、瀬名くん、名前ちゃんの事好きなんじゃないの?」
はあ?と一際大きい声を出す瀬名くんにどうどうと両手の平を掲げる。いやどう考えてもそうでしょ。
「話を聞く限りそれはもう恋でしかないと思うんだけどなあ。」
すぐさま何か文句を言おうとしたが言葉を詰まらせた彼は暫くして目元を抑えて息を大きく吐いた。
「いや、無いでしょ俺が…?あのちんちくりんに?」
そうぼやいた後にしゃがみこむ。
「………羽風、この話は無かったことにして。いい、絶対だからね。」
「……はは、意外。」
あの瀬名くんが名前ちゃんに恋している。
うーん、進展が無さそうな二人だなあと俺は天を仰いだ。