疲れというのは蓄積されているらしい。今朝、鬼龍先輩と約束した通り武道場にお伺いし、和装の基本や気をつけることのメモを取る。"よし頑張るぞ!"と意気込んで家庭科室に戻ろうとして立ちくらみが始まってしまったのだ。
ぐわんぐわんと地面が回って頭から血が引いていくのが分かった。このぐらいならすぐ収まるかなと身を任せて地面に体を横たえ目を伏せる。しかしグラグラする感覚はなかなか収まらずどうしたものかと唸ってみるが解決策が見つからない。
「名前!?」
大丈夫か!?と駆け寄ってくる足音に誰だと目をうっすら開けると守沢先輩だった。
「だ、大丈夫か…!」
少しうろたえた様子の先輩に片手を上げて制する。
「…ただの立ちくらみです。大丈夫です。」
「いや保健室に行こう。顔色が悪い。」
守沢先輩は立てるか、と私に声をかけながら壁に私の背中を寄せ、自分の背中を私に向けた。これはおんぶというやつだ。
「わ、私重いので…」
「いいから早く乗るんだ…!」
珍しく焦った様子の先輩に気圧された私はゆっくり背中に手を伸ばす。先輩は私の腕を引っ張るとそのままぐいっと私を背負いこむ。しっかりとした先輩の背中に安心した私はすとんと意識を飛ばした。
次に目が覚めた時には薄暗くなった保健室であの後先輩が運んでくれたんだなとぼんやり考える。起き上がってベッドから出ると佐賀美先生も誰も居ない。時計を見たらまだ16時30分だった。だいぶ体調もいいし熟睡したからか体も軽い。大丈夫だろうと保健室を出た。守沢先輩には明日ちゃんとお礼を言わないとなあ、と お仕事用の携帯にメールが入ってる事に気がつくとそれを開いた。以前私の企画したライブでお世話になった人からで今回、高校生に向けたブランドのCMにうちの生徒を使いたいとの依頼だった。高校生に向けたブランドなら確かに同じ年代の広告塔がいいだろう。しかもその発表をする時にミニライブもお願いされた。これは美味しいお仕事だ…!早速、どんなイメージのブランドなのか質問を投げる。返信はすぐにきてくっついてきたURLを開く。とても可愛らしい作りだった。所々の装飾が綺麗でパステルっぽい色合いが確かに女の子受けしやすそうだ。うーん、Ra*bits…かな。と考えていると追加メールで別で男子高校生に向けたのもあるらしくこっちもお願いしたいと連絡が入る。URLを開いてすぐに確信した。これは絶対にKnightsだ!すぐに返信のメールを送る。ユニットの詳細を送るとかなり感触のいい返事が帰ってきた。よし、ユニットはこれで仮決定だ。あとは両方のユニットの予定をきいてリーダーの許可を頂かなくては。
Ra*bitsからは「え!そんな大役もらっちゃっていいのか!?」と仁兎先輩が狼狽えたものの、OKの返事をもらった。あとはKnightsだ。正直気が重いなあ、と辺鄙なところにあるアジトの扉を軽くノックをする。扉が開くと朱桜くんがいてぱあ、と表情を明るくさせた。
「お姉様!」
私は片手を上げて苦笑いを浮かべる。月永先輩いるかな?と聞けば今日は居るそうでお邪魔させてもらう。
「月永先輩、お話があるんですけど…。」
「話?なになに?いや、まて…。考えさせて!新曲欲しい?それとも愛の告白!なんちゃって!」
愛の告白…?月永先輩からそんな言葉が出るとは思わず驚いてしまう。確かに大好きだとか愛してるなんていうのは日常的に聞くけど…。恋愛的要素が混じっている言葉は初めてだった。ガタン、と音がして瀬名先輩が近寄ってくる。月永先輩は何故か瀬名先輩に"お、気になるか?"などと絡む言葉を送っている。それを一喝で黙らせると先輩は私に向き直った。
「で、内容は?」
早くしろ、との威圧を受け慌てて携帯を取り出す。
「こ、高校生に向けたブランドの広告を頼まれたんです。女子高生ものと男子高生もの両方あって女子高生ものはRa*bitsに担当してもらって、男子高生ものは、な、Knightsにお願いしようと思って…。忙しいとは思うんですけど受けていただけたらと…。発表会場でミニライブもできるので…。」
どうですかね、と尻つぼみに様子を伺えば月永先輩はいいぞ!と元気よく返事をくれた。良かった、と息を吐く。
「ありがとうございます。詳細は後でお持ちしますね。曲目もこっちで選出してますので。よろしくお願いします。」
「レッスンは?」
瀬名先輩の言葉で我に帰る。レッスン。
「あんたが来るの?」
不機嫌そうな顔に萎縮する。そう言えばKnightsのレッスンに関しては最近は全く顔を出せてなかった。困った私は視線を彷徨わせる。鳴上くんは頑張れと口パクをしてくれたが朔間くんは寝てしまっている。どうしよう。
「そ、そのつもりです。」
あっそう、と先輩は「詳細宜しくね」と戻って行ってしまう。
「お前はセナのお気に入りだな!」
こそりと月永先輩が私に耳打ちをした。私はぎょ、と距離を置く。
「そんなわけないですよ…!聞こえたら怒られますよ、先輩…!」
わはは、と月永先輩は笑うと再び作曲を始めた。なんだか疲れてしまった私は詳細を作りにパソコン室に向かうことにした。衣装はまた明日かな。
Knightsのレッスン、かあ。と肩を落とす。こういうのって良くない。分かってる。でも瀬名先輩が私がいる事で不機嫌になってしまうなら何かを改善して行かないとダメだろう。
うーん、と唸る私の声は廊下に響いただけだった。