「え、今から行くの…?」
「そうよ、思いたったが吉日って言うでしょ?」
「そうだけどさぁ…」
準備してと言われた私が急いで片付けをする傍らで鳴上くんはお化粧を始めた。ひ、人が泣いて腫れぼったい顔をしてるっていうのに自分はお化粧!テラスで甘いもの食べるぐらいだろうに流石アイドルだなあ。
「鳴上くんはいつも綺麗だよね。」
「あらやだ嬉しい。名前ちゃんだって可愛いわ。お姉ちゃんと甘いもの食べたらコスメも見に行きましょうね。気分が上がるわよ!」
コスメ?どこに行くつもりだ?と首を捻る。
「購買にはお化粧品売ってないよ。」
「…購買?まさか、テラスで済ませるつもりじゃないわよねぇ?ほら、前に言ったでしょう?駅前に美味しいタルトのお店ができたって。せっかくだから美味しいもの食べないと!」
ああ、瀬名先輩の採寸の時に言ってたなあとぼんやり思い出す。
「お姉ちゃんとデートしましょうよ。今日はご馳走してあげる!」
「え!いいよいいよ、悪いよ…!鳴上くんとお出かけ嬉しいからそれだけでも気分上がるよ。だから割り勘でお願い…!」
鳴上くんは嬉しそうに口元を緩めるとお化粧が終わったのか鞄にポーチを詰め込んでいる。私は片付けが終わったので家庭科室の鍵を掴んで鳴上くんを待った。
駅前のタルトのお店は鳴上くんが見せてくれた携帯によると画面には人気のお店!と書かれていた。が、意外と空いていた。時間が時間だからだろうか。混んでなくて良かったね、と二人で席に座るとスタッフのお兄さんがメニューを持って近寄ってくる。私達二人を見比べるとにこりと笑顔を浮かべた。
「今日はカップルデーなので割引しますね。」
カップルデー。私はハッとすると否定しようと思わず立ち上がる。
「この店カップル割りがあるのねぇ。いい時に来たわ!ねえ、名前ちゃん?」
鳴上くんは頬杖をつくと楽しそうに笑った。お兄さんはそれでは、と下がってしまう。結局何の発言もできなかった私はゆっくりと座った。
「鳴上くん、カップル割はちょっと…。後でちゃんと否定しよう。」
「ええ?どうして?」
「鳴上くんとそういう風に見えてしまうのが恐れ多いいうか……。」
素直に恥ずかしいのだ。
「あらぁ?あたしが彼氏じゃ駄目?」
「違うよ…!申し訳ないの!」
泣いてしまって腫れぼったい目を抑えると長いため息をつく。私なんかが鳴上くんの彼女に冗談でも見えてしまうのは大変申し訳なかった。なんとか否定をしたい。
「あたしは別に全然いいわよ。むしろ名前ちゃんがいつも隣にいたら楽しそうだわ。」
「またそういう事いう〜…。」
照れ隠しの為にメニューを開くとどれにしようかと写真を眺める。ロイヤルミルクティーと、洋梨のタルト。これにしよう!鳴上くんは既に決まっていたみたいですぐにお兄さんを読んで注文してくれる。随分慣れてるなあと感心した。
暫く談笑していると注文の品が目の前に置かれる。美味しそう!と騒がしい私に鳴上くんは声をかける。
「名前ちゃん、写真とってあげるからこっち向いて。」
私はタルトを見えるように軽くカメラの方へ傾けるとへらりと笑った。鳴上くんは写真を確認したあと今度は私に写真を撮るように促す。
「えー!モデルさんの写真撮るとか緊張する。」
「大丈夫よ、仕事じゃないんだから。ほらほら、早く!」
カメラを向けると流石プロ。とても可愛く写ってくれた。保存をすると鞄にしまう。
「後で送るね!美味しそう〜!」
「名前ちゃんシェアしましょうよ。お姉ちゃんの半分あげる。」
「嬉しい…!私のも半分あげるね。」
鳴上くんは時折私を気遣うように視線を投げてくる。今日のことを相当気にやんでくれているのが伝わって思わず笑ってしまった。
「どうかしたの…?」
「なんでもないよ。………鳴上くん、今日は誘ってくれてありがとう。とても助かった。明日からまた頑張れるよ。タルトも半分こ嬉しい。」
きょと、とした表情を浮かべると鳴上くんも困ったように笑った。
「良かったわ。それにしても名前ちゃん、ロッカーに居たなんてびっくりしたじゃない!」
「私も入っちゃってからどう出ていいかって気づいちゃって…。ドジ踏んじゃった。」
もう、と鳴上くんは腕を組むとそれ以降その話題には触れなかった。私がフォローされるのは嫌だと言ったのをちゃんと覚えているんだろう。
「美味しいや。」
タルトを口に含むとほんのり甘い香りが広がる。思いの他、会話が盛り上がってしまい、時間が遅くなりそうだったのでコスメを見に行くことなく、この日は解散をした。鳴上くんのおかげで元気を取り戻した私は明日も頑張ろう、と両手を暗くなった空に突き上げた。
次の日私はいつもの通り家庭科室に行く前に鬼龍先輩の教室に寄った。3Bの教室を覗くと先輩の赤い頭が見えてほっとする。失礼しますと小さい声で挨拶をすると鬼龍先輩に声をかける。昨日送った連絡にお返事を頂いたので打ち合わせに来たのだ。和ものは先輩のユニットが得意だし正直、鬼龍先輩の洋裁技術は本当に素晴らしい。是非助言を願いたい…!
「おう、嬢ちゃん。朝早いな。」
「いえ、全然…!あの、昨日のお返事ありがとうございます。早速今日お伺いできたらって思っているんですけどどちらに伺えばいいですか…?」
先輩は小さい布に刺繍をされてる最中で早めに切り上げて邪魔をしたくない私は素早く携帯を出す。メモをしておかないと…!忘れてしまっては元も子もない。
「そうだなあ、今日は武道場にいるから手間取らせるがそこまで来てもらえるか?」
「はい!もちろんです!」
良かった…!と私はデザイン画のコピーを渡す。一応私がどんなものを作ろうとしているか見せておこうと思ったのだ。
「ありがとよ。そんじゃあ、また放課後な。」
ぽん、と肩を叩かれると不思議とやる気が出る。なるほど、南雲くんの気持ちがなんとなく分かったぞ。自分が思ってたより元気な声で返事をしてしまい口を抑える。純粋に恥ずかしくて俯いてしまうと先輩は今度は頭を撫でてくれた。気にするなという事だろうか。
お礼を言ってから教室を出ると壁に凭れている瀬名先輩と目が合った。何故いるのだろうか。また何かお説教だろうか。一瞬固まるがすぐに深々とお辞儀をする。
「おはようございます、瀬名先輩。」
それでは、とぎこちない動きで廊下を進もうと足を動かした。
「あんたさあ…、昨日なるくんと二人で出かけたんだって?アイドル科と二人で出かけるなんてどういう神経してるわけぇ?一応プロデューサーなんでしょう、しっかりしてよね。」
そう言うと私を追い越して教室に入って行ってしまった。暫く廊下で先輩の言葉を咀嚼する。確かに。私は鳴上くんを友達だと思ってても昨日みたいに傍からみたらカップルに見える可能性が有るんだ。私の行動は軽率すぎた。アイドル科のファンは高校生中心だ。万が一噂が立ってしまったとしよう、イメージや人気には大ダメージだろう。あまりの事に驚いて脚がすくんだ。ダメだなあ、私。