※アクアマリンの2人
瀬名先輩から一緒に住まないかと提案され頷いてからトントンと事が進んだ。そう驚くことに早急だった。先輩がスケジュールをぱぱっと決め両方の両親に挨拶を済ませ私の帰る家が瀬名先輩の家になったのは話が出た2週間後の事だった。
あの瀬名泉が挨拶に来てしまったものだから私の両親は失神しかけそれはそれは大変で思い出したくもない。彼氏がいるとは思っていたらしいけどそれが芸能人だなんて夢にも思わなかった事だろう。母は直ぐに気を取り戻し「どうぞどうぞ!うちのちんちくりんで良ければ1人でも2人でも!」とにやけていた。ちなみにちんちくりんな娘は1人しかいないはずだが。ちんちくりんと母親が発言した際、瀬名先輩は私に哀れみの目を向けた。
両親の浮かれ具合にこちらが恥ずかしくなってしまい下を向いて時間が過ぎるのを待ったのは記憶に新しい。
「(……あれから1ヶ月かあ。)」
しみじみと思い出しながら自室で新作のデザインを考える。この生地は重厚感ある方がいいな。と、時計を見ると日付が変わる前だった。なるほど、お腹が減ったな。
先輩は今日は帰れないと言っていた。つまり私が不摂生しようが、部屋を散らかそうが目を光らせている人間はいない。途端に親がいない日の子供の気持ちを思い出してしまった私は意気揚々とリビングへと向かった。何もないことに1度落ち込みはしたが財布を掴み徒歩10秒にあるコンビニ目指して外に出る。
「( わあ…。)」
コンビニというものはワクワクする。なんでも揃っていて不自由がない。ジャンクなものは一通り揃っている。そして私は相当お腹空いている。無限食欲の塊でしかない私はこのコンビニのものを食べ尽くすことすら容易だと言う気すらする。ああ、自分が恐ろしい…。
「あ、あとフライドチキンとナゲットください。」
おにぎり2個と紙パックのジュース、ついでにポテトチップス。カウンターフードまで手を出しやや引いているアルバイトくんに代金を渡す。そんな目で見ないで…!仕事をしてたから脳が空っぽなんです…!ビニール袋を騒がしながらコンビニの外へ出た私は一気に青ざめることとなる。
「ちょっと。」
「え!」
見覚えのある厳ついバイクが外にあって「見たことある〜」なんて思いながら通り過ぎようとして声をかけられる。フルフェイスで仁王立ちしている姿に思わず袋を落としてしまった。なんと今日は帰らないはずの瀬名先輩だ。袋から飛び出した私の食料たちをちらっと見て目元を優しげに細めた。
「帰ってからたっぷりとお説教させてもらうけどこんな時間によく、そんなものを、そんなに、食べようと思ったよねえ?」
震えが止まらない私は散らばったものをかき集め慌てて家の方向へ向かう。先輩はフルフェイスを着用したままバイクを押して後ろから着いてくる。ひい、煽られてる…!(?)
駐車場に入っていく先輩を置いて私はオートロックを解除し中に入っていく。エレベーターのボタンを連打してとりあえず先輩より家にたどり着こうと必死だった。お待たせしました、と無機質に扉を開け私を出迎えたエレベーターには先輩が既に乗っていて腕を組んでこちらを見ていた。私は一瞬固まったものの観念してエレベーターに乗り込む。沈黙で死にそう、とはこの事だ。
「早く降りな。」
「………は、はい。」
とぼとぼと奥の自宅を目指して廊下を進む。先輩は私の後ろを監視するかのようにして着いてくる。
「あはは、RPGみたいですね。」
「は?」
「す、すみません…。」
鍵を取り出し先輩を先に入れる。私はキョロキョロと周りを見渡してあとに続く。
「で?」
「あ、あばば、」
ばん!と私の横に手をついて袋を取り上げると ぐっと顔を近づけられる。
「今何時?」
「今、日が変わりました……。」
「これは?」
「や、夜食です………。夕飯食べてなくて……。へへ。」
じろじろと私を見ると先輩は「ふう、」と息を吐いた。ビニールを持ったまま部屋の奥へ入っていく。ガサガサと音がしているのを玄関でずっと聞いているとしばらくして「ちょっと、早くきなよ。」と声をかけられた。
「………。」
とぼとぼと廊下を歩いてリビングに入っていく。うう、今度こそ嫌われた…!幾度となく不摂生を重ね「健康に悪い!」、「ジャンクなものを買うな!」と散々言われてきたというのに…。
「せ、先輩、あの…」
「軽く食べちゃいな。残りは明日ねぇ。」
私が買ったナゲットやフライドチキンは4分の1にされカットサラダが大量に盛り付けられている。先輩お手製のドレッシングがかかり野菜から食べるようにと言われる。
「え、ええと…。」
「この野菜最初に食べて次にこの意味わかんない不健康なジャンクフード。最後におにぎり一個だけ食べていいよ。終わったら半身浴してストレッチして寝ること!ほら、よく噛んで食べなね。」
優しく手を引かれ着席させられる。順番を指定されたあと恐る恐る先輩を見上げる。
「せんぱい……、私の事嫌いになったのでは……。」
「はあ??」
「えっ。違うんですか…。」
先輩は私を呆れた顔して眺めたあと残りを冷蔵庫にしまいに離れていく。
「あのねえ。なんで今更あんたのこと嫌いにならないといけないの。ほら、馬鹿なこと言ってないでご飯食べちゃいな。それとあんたね、いつまで俺に対して自信ないわけ?こんなちっちゃいことで嫌いになってたらキリがない。そんなことぐらい分かるでしょ?」
「…………へへへ。ありがとうございます。」
野菜を咀嚼しながらふと疑問に思ったことを口にする。
「そう言えば先輩、今日は泊まりじゃなかったでしたっけ…?」
「………………。別にいいでしょ。」
はあ、とフライドチキンを口に運びながらスマートフォンをチェックすると朔間くんからメッセージが来ていた。
「( セッちゃん泊まりの予定変更してさっさと帰るみたいだから不摂生するなら気をつけるように )」
え、と驚いた私はスマートフォンと先輩の背中を交互に見る。密かに文字を打ち込みながら咀嚼回数をカウントしていく。
「( さっき帰ってきたのだけどなんで予定変更したの?教えてくれないんだよね…。)」
時すでに遅しの忠告ではあったがとりあえず返信をしてみる。そう、不思議なのだ。先輩は美容の為に睡眠を大事にしている。こんな帰宅時間になるなら絶対泊まりにするはずだ。だというのに、何故。
ヴー、とスマートフォンが鳴り、内容を確認した私は思わず悲鳴を上げた。
「( 名前、明日休みなんでしょ?丸一日一緒に居られるようにって最終電車に飛び乗ったわけ。愛だねえ〜。)」
か〜っと顔に熱が集まる。なんだそれ!死ぬほど嬉しい。今度はスマートフォンではなくて私が唸ってしまった。
「なに?」
「いえ、あの………あはは。」
「……?」
ちら、と私のスマートフォンに視線を移したあと、あっという顔をした。
「まさか、くまくん?」
「あの………はい。」
あいつ!!と、どこかに電話をかけ始めた先輩を見ながら私はにやけてしまう。
先輩が好きだなあ。とおにぎりの封を開けた。