※海の底の主人公の学生時代の様子。夏頃。卑屈。

私には幼馴染、と言える人が二人もいる。一人はクラスでも存在感を発揮してみんなのリーダーなんかかってでるような明るい人間で、もう一人はひとつ上の綺麗で意地悪でピアノが上手な人間。こんな対照的で特徴しかない人間達の傍にいると自分の平凡さが目立ってしまって恥ずかしくなるということは私の人生の中で何度もあった。
平凡だけど、音楽は作れる。それだけで私は夢ノ咲の普通科からプロデュース科から引っ張りあげられたのだ。それだけなのに嬉しくて誇らしくて、やっと真緒くんや凛月くんと対等になれたんじゃないか、だなんてドキドキしたのだ。でも私は結局平凡でトリスタがあんずちゃん達と成し遂げた革命には入れてもらえなかった。ただただ、曲をこっそり提供しては遠巻きに見ていただけで私にもやらせて、手伝いたい、と真緒くんに言っても「お前の立場が悪くなったら俺は嫌だからさ。」となんにも教えてもらえなかったのだ。それを相談した凛月くんには曖昧に微笑まれて「名前は危ないこと、しないでね。」と言われるだけだった。
悔しくて恥ずかしくて仕方なかった。プロデュース科は二人しか居ないのに一人は革命家、もう一人の私は一体何者なんだろうと泣いたのだって二人は知らないんだ。

結局私はプロデュース科に引っ張りあげられたところでただの人。その証拠にあんずちゃんの周りには沢山のアイドルが居て沢山の仕事が溢れている。
私は私なりに頑張ろう、そう思って出来たばかりのユニットや資金繰りに困っているようなユニットに曲を提供しては勉強し、たどたどしい裁縫で戦いはじめた。それでも私は惨めでずっと誰にも頼られないあんずちゃんじゃない方だ。

「ちょっとお!名前!」

「ひ、うわ。瀬名先輩…?」

「くまくんどこ!」

え、と私は教室を見渡すがそれらしい姿は見えなかった。知らないと首を振ると瀬名先輩は私の首根っこを引っつかみ「いいから探してきて!それくらいならできるでしょ!」と教室から放り出した。え、と私は廊下に転がりでると怒り狂っている瀬名先輩から逃げるように教室を後にした。それくらい、か。凛月くんを探すしかできない私。

「凛月くんどこって言われてもな。」

凛月くんに一応電話をしてみるも電源が入っていないようで感情が一ミリも感じられない静かなアナウンスが流れる。はあ、と小さく肩を落とすととりあえず足を動かし始めた。
流石に外にはいないよね、と窓から外を見るとあんずちゃんが渡り廊下を歩いている。なんとなくズキと痛んだ胸を押さえたところで後ろを雛鳥のように歩いている凛月くんが見えた。ぎょ、と大声をあげると慌てて窓を開けて蒸し暑い空気を吸い込む。

「凛月くーん!」

凛月くんは気が付かないようで代わりにあんずちゃんがゆっくりとこちらを見た。凛月くんに何か言いながら私の方に指を向ける。凛月くんは気怠げにこちらを見ながら何か言っているが声が小さすぎてわからない。

「何、聞こえない!瀬名先輩が探してるから戻ってきて!」

凛月くんの肩ががっくりと落ちる。戻るのが面倒なのだろう。はーやーくー!と私が叫ぶと真っ白な両腕をこちらに向けた。抱っこ、と言いたげな様子に今度こそ大きなため息を吐いた。

「今行くからその辺の涼しい所にいてね。」

はあい、と聞こえた気がした。



慌てて階段を降りていくと自販機があったので炭酸水をとりあえず購入する。なんか顔色悪そうだったしとりあえず買って持っていくことにした。

「凛月くん、お待たせ。これいる?」

「名前 遅い〜…。」

ごめんと謝ってから頭上にハテナを浮かべる。なんで私謝ってるんだ。ほら、立って、と腕を引っ張るとヨボヨボともたれかかってくる。ちゃっかりと私から炭酸水を奪っている凛月くんは濁った唸り声を上げて冷たいペットボトルを額に当てた。

「おも!」

「失礼な。名前とそこまで体重変わらなくない?」

「いや、凛月くんの体重とか知らないし。…え?体重変わらないのであれば結構ショックなんだけど待って、凛月くん何キロ…。」

「ふふふ、基本情報をご覧あれ〜。」

あとで調べよう…と私は凛月くんを引きずりながら校舎に入っていく。一旦ベンチに降ろしてから瀬名先輩に連絡を入れた。一階のベンチにいます、と送れば「すぐいく。」とお返事をいただいたのでここで私の仕事は完了である。

「瀬名先輩、もうすぐ来てくれるからね。私そろそろ行くから。あんまりメンバーに迷惑かけちゃダメだよ。」

「え〜、もう行っちゃうの?俺を一人にするんだ。」

悲しいなあ、と炭酸水を口に含む。

「今から企画の打ち合わせなの!それじゃあね。」

凛月くんは興味なさそうにベンチに寝転んだ。本当に興味がないと言われたような気がしてなんとなく傷つく。
実は今日の打ち合わせは少し億劫だった。本当だったらあんずちゃんにお願いしたかったと言いたげなアイドルの表情が辛い。わかっている。実績があるプロデューサーとの仕事は安心だろう。私が逆の立場でもそう思う。私しか空いてなくてごめんなさい。せめて、せめて大成功とは言えなくても必ず成功させるから、と心の中でいつも謝りながら打ち合わせや練習に参加している。正直限界だった。

「がんばれ〜。」

ごろ、と向けられた背中に私は表情筋を無理に動かして笑う。うん、がんばるね。モゴモゴと返事をしたところで瀬名先輩の足音が聞こえた。サッとその場を離れて教室に帰る。
はあ、やだな。少し参ってるのかな。すぐ弱音が脳を駆け巡ってしまう自分が情けなかった。…仕方ない。私は革命を成功させたプロデューサーではないのだから。
渡り廊下を抜けたところで楽しそうな笑い声が聞こえる。なんとなくそちらを見ればあんずちゃんとトリスタの面々がレッスン、だろうか。はしゃぎ回っている。キラキラした圧に私はぎゅう、と拳を握りしめた。悔しくてじわりと目が熱い。真緒くんが私に気がついて大きく手を振ってくれる。私も小さく手を振りかえして歩き始めた。

「(早く楽になりたい。)」





三年生になっても私はずっと卑屈でそのまま本日の卒業式を迎えた。みんなが写真を撮ったりアルバムに何かを書き合っていて楽しそうだ。私は解放された、と力が抜けてしゃがみ込んでいた。やっと息が吸えた気がする。
クラスメイトへの挨拶もそこそこに家に向かう。新しい私の家。両親が心配だからとセキュリティー重視で探したマンションに私は数日前から住んでいる。
実家にはもう誰も住んでいない。両親は海外へ、私は日本に残って父の仕事関係で拾ってもらえた会社に就職する。私は平凡に仕事をして平凡に暮らすのだ。
ポケットが震えて着信を教えてくれる。予想した通り凛月くんからだった。真緒くんからも写真撮ろうぜ!とメッセージが来ている。それは一瞬の判断だった。凛月くんの着信が鳴り止んだと同時にメッセージアプリを削除した。夢ノ咲関係者との繋がりが全て消えたのを見てボロ、と涙が溢れる。結局この二年間、私は何も成し得ることができなかったなあ。
長く暮らした土地から遠く離れた地域に向かう電車にゆっくり揺られながら目を閉じた。つう、と生まれたばかりの涙が流れ落ちる。
私はこの先の人生、私であるために生きられるだろうか。わからないけどでも。きっと私は今よりもちゃんとした私になれる。

なんとなくそう思った。