柔らかな湯気を上げるカップを私は眺めていた。目の前には胡散臭い笑顔の生徒会長と真っ赤で美しく微妙に敵意の混じる目をこちらに向けている朔間くん。そして愛らしい笑顔で私に話しかける紫之くん。私は紅茶部に来ていた。用がある、と紫之くんに言われてやってきた場だがなんとも居心地が悪い。
「し、紫之くん…?」
「はいっ、どうしました?」
キラキラと輝く笑顔で私を見るとおかわりですか?と首を傾ける。いや、まだあるよ。
私はちらりとほか2人を見たあと内緒話をするように紫之くんの方へ寄る。
「ねえ、ちょっと。用事って何?」
「用事は僕じゃないんです。すみません。」
困ったように視線を朔間くんと生徒会長の方へ向ける。
「ふふ、創くんがよく話題にするプロデューサーがどんなものかと見たくてね。わざわざ来てもらったんだ。」
「はあ…。」
私はゆっくりと紫之くんから体を離すとジロジロとこちらを見る2人に向き直る。確かにこの2人の所属するユニットとは全く関わりは無い。私はどちらかと言うと知名度があまり高くないユニットのプロデュースばかりしている。そりゃ私の事なんて知らないだろう。トゲトゲと刺さる視線をなるべく気にしないようにしながら紫之くんからいれてもらった美味しい紅茶をすすった。一刻も早くこの場を去りたい。
「ところで君は紫之くんとはどういうお付き合い、なのかな?」
「はあ…?」
「は〜くんがあんなに楽しそうに話す女なんだからなんにもないはないでしょ。こっちは分かってるんだら早めに白状してよね。」
私はぎょっとして紫之くんを見る。彼も驚いているようで戸惑ったように瞳を揺らした。いやちょっと待ってよ。
「あの、何か誤解されてるみたいですけど紫之くんとはなんでもありません。アイドルとプロデューサー、後輩と先輩。それ以上でもそれ以下でもありませんから。」
片手で2人を制しながら早口でまくし立てる。その勢いで紅茶を飲み干すと椅子からお尻を浮かした。
「あの、私帰ります。…紫之くん、美味しい紅茶をありがとう。また明日のレッスンで会おうね。」
「あっ、はい…!なんだかすみません…。僕のせいで誤解があったみたいで…。」
しゅん、と肩を落としてこの世の終わりみたいな顔をされると私は弱い。持てる力全てを使って紫之くんに迷惑でもなんでもなかったことを伝える。全然!暇だったし!美味しい紅茶飲めたし!お菓子も美味しかったよ〜?得しちゃったな!と捲し立てるように伝えるとやっと安心したように笑顔を見せてくれた。可愛いをコンセプトにしているユニットのメンバーなだけある。
「創くんのいれた紅茶の茶葉は僕が持ってきたんだよ。美味しいと感じてもらえたのなら良かった。」
会長が指を組んでそこに顎をそっと乗せている。綺麗な指が重なる様子に私はそっと視線を送る。綺麗なもの、可愛いものを見るのは私は好きだった。
「なあに、エッちゃんの事をいやらしい目で見て。」
「…はあ?」
朔間くんがにやにやと笑っている。この人もこんな性格でなければ美しいお人形のような人なのに。陶器のようなお肌は憎たらしくもある。
「ふふ、そんな顔をしないで。」
「…………、」
私は今度こそ帰ってやろうとお辞儀をする。紫之くんの愛らしい顔とこちらを値踏みするように寄せられる視線の温度差に具合が悪くなりそうだった。
「また来てね〜」
朔間くんの言葉が背中に刺さるが聞こえないふりをして心の中で舌を出す。絶対来ない。得体が知らない人に囲まれる居心地の悪さは二度と味わいたくないものだ。
次の日のRa*bitsの練習後綺麗な招待状が紫之くんから手渡された。紅茶部一同と記された送り主を見て濁った声が出る。ああ、紫之くんを入れないと私が来ないと分かっているのだろう。
「今度のお茶会の招待状です…!ぜひ来てくださいねっ。」
愛らしい紫之くんの笑顔がほんの少しだけ憎たらしかった。