「あ、イルミネーション。」

名前の声に俺とセッちゃんは顔を見合わせた。Knightsの面子で鍋パーティーをする為に買い出しに来ていた俺達は学校に戻ろうと商店街を通り抜けていた。彼女の声はほんの少し弾んでいる。
鍋パーティーの発端はうちの末っ子だった。クラスで聞いた鍋を囲むというイベントに興味を示してそれをたまたま聞いていた王さまが例のごとく「それいいな!やろう!」と同調し、諸々の準備を名前に頼んだのだ。準備をしてもらうからには誘うのが流れというものでそれの買い出しに彼女も連れ出されたのだ。鍋とコンロを用意し更には買い出しに連れ出されても文句を言わない。名前を誰か褒めてやってほしい。

「あそこです。」

商店街の小さな広場にあるちゃっちい電球がペカペカと力なく光っているのを見て冒頭に戻る。セッちゃんと合わせていた視線を名前の指の先に戻すと首をひねった。これがイルミネーション。ネギの飛び出た袋を抱えた名前の肌にクリスマスカラーを中心とした電球の光がチカチカと反射していた。申し訳程度にベンチの後ろにハート型のイルミネーションが飾られているのに気がついた名前がちらりとセッちゃんを見たのを俺は見逃さなかった。

「……名前、あのダサいオブジェの前でセッちゃんと写真撮れば〜?」

「えっ」

驚いたように俺を見ると あーだとかうーだとか何だか口の中でもごもごした後に首を振った。

「いい。」

「はあ?俺と写真撮りたくないっていうわけ!?」

俺が何か言う前に眉を釣り上げたセッちゃんが名前の首根っこを掴んだ。短く悲鳴を上げた名前はズルズルとベンチの方向に引き摺られて行く。名前とすれ違いざま彼女の持っていた袋を受け取るとポケットに手を突っ込んでスマートフォンを探す。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人を小さな画面に収めてしばらく眺めた後に声をかけた。

「ふふ、ダサいイルミネーションの前にいるセッちゃん。なんかウケる。」

「ちょっとくまくん〜?聞き捨てならないんだけどぉ。最高に映えてみせるからちゃんと撮ってよね。ほら、名前!あんたもぼやぼやしてないでちゃんとくまくんの方見な!」

「ひ、は、はい…!」

名前の頬に顔を寄せたセッちゃんが画面越しに俺を見た。名前の視線はまだこちらに向かない。緊張したように唇を噛んだ後、目を伏せる。やっとこちらに視線を向けると控えめに指を2本立てて笑った。

「………。」

「ねえ、まだ?」

「撮れたよ。」

セッちゃんは足早に俺に寄ると画面を確認する。まあ、いいんじゃない?と満更でも無さそうにするとすぐに名前のポーズにケチをつける。ピースとかダサい!と怒られた名前は不満そうに口を尖らせた。

「こんな馬鹿なことしてないで早く帰るよ。うちの末っ子がお腹すかせて待ってるんだからね。」

「せ、先輩が写真撮るとか言うから時間くったんですよ…!」

セッちゃんは生意気!と名前の髪をぐしゃぐしゃにしていく。そのくせ顔は優しくて髪から指を離すとき名残惜しそうでセッちゃんの気持ちが透けているように見えた。
名前はひとしきり文句を言った後セッちゃんの背中を見つめる。ほんの少し頬を染めると毛先を指で弾いた。

「良かったね、後で送ってあげてもいいよ。」

「…うん、ありがとう。」

ここでやっと俺の手にあるネギの袋に気がついたようで慌てて手を伸ばしてくる。わざとギリギリで名前の手から遠ざける。勢い余った名前の手が宙を掴んだ。

「ちょっと…!」

「名前は準備、いっぱい手伝ってくれたからねえ。荷物ぐらい俺が持ってあげる。」

きょと、とした目が俺に向けられるとすぐに薄らと細められる。

「朔間くん優しいところあるんだね。見直しちゃった。」

そういうと今さっきまで向けられていた視線は数歩先を歩くセッちゃんに向けられてしまう。キラキラとしてほんの少し熱を持った名前の表情は俺にはとても寂しいものだった。

「……………名前のば〜か。」

「え、なに?」

なんでもない。そう呟いたけど本当は苦しいのだ。名前は俺に優しいと言ったけれど全くその通りである。なんたって好きな女の子の恋を応援しているというのだから。少しずつ俺を置いていく名前はとても遠くの存在に思えてしまう。
なんだかんだセッちゃんだって名前の事が好きなのだ。でもそれは死んでも言ってあげない。う〜ん、やっぱり俺は意地悪なのかも?

「名前〜、」

袋をひとつの手に纏めた俺は名前の小指に自分の小指を絡めた。

「え、何!?」

「別になんでもないけど。」

ひっそりと約束事を結ぶのは俺のわがまま。仕方ないから応援してあげる。だから、ずっと幸せに笑っていてね。小さな爪を持った名前の指は俺の小指には絡まない。ちくりと胸が痛んだ。

「朔間くん、変なの。」

能天気に笑った名前に思わず笑顔を返した。