失礼します、と声をかけると会長の優しい声が返事をした。あれ、おかしいな。いつもなら蓮巳先輩の怒ったような声で入れ、だとかどうぞだとかが返ってくるはずなのに。私は扉の前で首をかしげた。
まあ、蓮巳先輩がいないならそれはそれでいい、と入室をすると会長の目がうっすらと穏やかな弧を描くのが見えた。あれは悪いことを考えている時、と日々樹先輩が言っていたっけ。

「企画書の提出かい?そこに置いておいてくれるかな。敬人が後で確認するよ。」

「はあ、分かりました。」

私が書類を机に置いたところで気がついてしまう。
目の前に蓮巳先輩がいるじゃないか。思わず固まる私をよそに先輩は腕を組んで目を伏せている。あれ?としばらく様子を見て理解した。先輩は寝ているようだ。

「ふふ、珍しいだろう?疲れちゃったみたいで気がついたら寝ちゃってたんだよね。」

「へ、へえ。そうなんですね…。」

普段真ん中で別れた髪の毛が右に傾いて柔らかそうにうつらうつらと揺れている。机に散乱するエナジードリンクでは補え無いほどには疲れているようだ。私はそろそろと近寄ると机越しに先輩を覗き込んだ。

「わあ、肌理細かすぎません?すごいなあ。流石アイドルです。うーん、でも蓮巳先輩がパックとかしているのってあまり想像出来ませんね。」

「確かに僕もそこまで肌荒れしてる敬人を見たことないかも。早寝早起きが染み付いてる人間だし、生活リズムが優秀なんだろうね。」

「会長は蓮巳先輩と昔馴染みなんですものね。流石お詳しい。」

会長とこそこそ会話をしながら私は蓮巳先輩の寝顔をじっと眺める。意外とまつ毛は長くは無いんだなあ。でも目尻がすっきりしてて…

「そんなに眺めたら敬人に穴が空いてしまうよ。まあ、それもおもしろそうだけどね。」

「しーっ!先輩が起きちゃうじゃないですか。こんなチャンスそうそうないので…!静かに…!」

私が会長にしーっと指を当てると急いで先輩の方に視線を戻す。眉が寄ってなんだか寝心地が悪そうだ。あれ、まってもしかして

「……………、」

ゆっくり目を開けた先輩と私の視線はしっかり絡んだ。私の名前をぼんやり呼んだ蓮巳先輩が微睡みながら頬を緩めたのを見た私はドキリとしてしまう。そのまましばらく見合っていたが先輩はだんだんと覚醒してきたようで目を見開くと「うわ」と一言漏らす。そのまま大きな音を立てて椅子から落ちていった。

「あははは!敬人、それってどういう反応なの?詳しく教えてくれないかな。」

会長が笑い声を上げて小馬鹿にしたように話しかけてしまったので私は冷や汗をかく。これは私も怒られるパターンなのではないか。机の向こうに先輩の緑がかった髪の毛が見えている。私はゆっくり立ち上がると扉の方へと後退していく。

「ははは、あの、私行くので。企画書確認おねがいしま〜す!」

そう早口でまくし立てると生徒会室を飛び出る。案の定後ろから蓮巳先輩の怒りのこもった声で私の名前を呼んでいるのが聞こえて自然と走るスピードは上がった。