※過去捏造 / ロミジュリ時期なので春です。

「ああ!名前さんではないですかっ!」

正面に見えてはいたのでどうしようかと思ってはいたが数メートル先から大声で呼ばれて往来する人間に注目される未来が見えてたならば回避していたのに。そう心の中でため息をつくと片手を上げた。

「やっほう、渉くん。」

「相変わらず生気がないですね!それではひとつ思わずAmazing!と名前さんが叫んでしまうようなショーをお見せしま……」

「いい、いい。いらない。」

首を振ると そうですか?と引き下がる。お、今日は聞き分けがいいな。
私と渉くんは昔から正反対の幼馴染だった。渉くんは全身が口みたいな人で先生からもよく授業中の私語やら声の大きさやらを注意をされてきた。いやあまあ、義務教育を無事に終えられて良かったねとは思うぐらいの問題児だったと思う。片や私といえば昔から子供らしくないと言われてきた子供で静かだし、大人の言うことはきくし優等生だったのだ。なのになんで問題児の渉くんと仲良くなってしまったのか。未だに疑問ではある。もうきっかけすら思い出せない。

「そうそう、今度私、劇でジュリエットの役をやるんです!見に来ますか?見に来ますよね!」

私が返事をする前にグイグイとチケットを頬に押し付けてくるものだからげんなりしながらそれを受け取る。ああ、ほんとなあんで私はこんな人と縁が続いているのだろうか。……あ。

「……渉くん、ごめん。この日予定ある。」

「………ほう。」

ぽかんとした表情を浮かべると目尻に涙を浮かべた。

「そうですか…。友人の少ない名前さんにも用事があるんですね。因みにそれはどのような?昔馴染みの私との予定より優先的な用事でしょうか!」

友達が少ないってワードは余計だわ、と隣を小突いてから考えてみた。その日はクラスの人との集まりでそう、親睦会みたいなものだった。重要といえば重要だろう。その通りに伝えると露骨に傷付いた!みたいな顔をされるものだからこちらも参ってしまう。

「そんなぽっと出の人達に私と名前さんの愛の絆を引き裂かれるなんて…!悔しいです。…ところでその予定は本っ当に私より優先されることなのでしょうか。ぜひ!もう一度!よおく考えてみてください。」

渉くんは私に対して本当に遠慮がない。昔のよしみで許してはいるが学校も違う今、それぞれの優先事項が違ってくるのは当たり前だろう。なんで分からないんだろうか…。渉くんは昔から柔軟そうに見えて頑固だったもんなあ。

「いや、優先されるべき用事だよ…。私のこれからのクラスでの立ち位置に関わるもの。それによく見たらこれ1日だけじゃないじゃない。他の日程で調整付けるよ。」

「いいえ、これは展開型なので毎日の公演内容は少しづつ変化をしていくんです。初日はぜひ見て貰わないと名前さんは理解できないかもしれませんねえ。ほら、あなた国語とか音楽など感覚的なものは苦手でしょう?理系ですからね。なので今回のような劇は最初から最後まで全て見ていただかないと!」

「いや、でも私にも予定があるんだってば。」

「…わかりました。そうしましたら当日の朝お迎えにあがりますね。私、劇の準備もありますから少々早めのお迎えになりますが…。」

話が通じなくてゾッとした。そうだそうだ、渉くんはこういう人だった。先程の通り私に対して遠慮がない。なので自分の予定、意見を押し通そうとするのはいつもの事だったじゃないか。ああもう、困ったあ。クラスの人には行くと言ってしまった手前断るのも…。もし行き帰りで誰かクラスの人に会ってしまっても気まずいし…。

「大丈夫ですよ。名前さんの心配は手に取るように分かりますから。その辺は私に任せてください!多分何とかしますから。」

私ははあ、と息をつくと心を折った。仕方ない何かの用事をでっち上げてクラスの方は断るか。わかったわかった全部行くよと答えればにっこりと嬉しそうに笑った。

「ええ、そう言ってくれると信じてました!名前さんが居る!と思うと私も気合いの入り方が違うので今後も私がステージに立つイベントは皆勤してくださいね。」

嘘ばっか。私が来ても来なくても渉くんは完璧にこなすくせに。
ふわふわと風に靡く髪が時折私に当たる。それを払うと どうしました!と大げさに話しかけられるので髪が邪魔と言えば意地悪そうに笑ってわざと髪をぶつけてくる。
しばらく私で遊んでいたのに不意に声のトーンを落とした渉くんは前を向いたまま口を開いた。

「名前さん、絶対に来てくださいね。約束ですよ。」

「…私、渉くんとの約束を破ったことないでしょ。行くから心配しないでよ。」

若干不安そうな顔をした渉くんと目が合う。この人はどこまでが演技なんだろう。昔からうるさかったはうるさかったけどこんなふうに芝居がかってはいなかったとはず…?記憶の中の渉くんはなんだかモヤがかかってよく思い出せない。

「ええ、私はあなたを信じてますよ。」

「うん。」

「名前さん。」

じっとこちらを見ていた渉くんはにっこり!と笑うと私の手を取った。

「どうしたの。」

「いいえ、なんでも。たまにはこういうのもいいかと思いまして。」

…不思議な気持ちになる。たまにはだなんて今までこんなふうに接触なんてしなかったくせに。

「今日は特に様子がおかしいね。」

「そうでしょうか?」

はぐらかそうとする時に渉くんは髪の毛を後ろにはらう癖がある。私はこの癖を知っていた。

「話は戻りますが、名前さんに私以外の友人が居るなんて知らなかったです。」

「いやいやいや、私をなんだと思ってるの。多くはないけどいるよ。友達ぐらい。渉くんと高校が別になってもう二年以上にはなるんだよ?」

「それもそうですね。」

ぱっと手を離すと独特の笑い声をあげる。渉くんの言う通り国語の苦手な私には彼の心情的なものが分からないがもしかしたら渉くんは私に友達が出来ることに不都合を感じるのかもしれない。

「どうしました?」

「……まあ、渉くん以外にも友達はいるんだけどこんなふうにわがまま聞いちゃうのは渉くんだけかな。」

立ち止まった私を振り返った渉くんの目がゆっくり丸くなっていく。カメラのピントが合わさる時のあのきゅいんという動き、分かるかな、あんな感じ。

「はあ、名前さん。あなた気を使ってます?」

「気を使う?いや、渉くんに今更気を使っても私のためにならないというか。」

私の返答に再び愉快そうに笑い声を上げると今度は私の腕を引っ張るようにして走り出す。普段なら渉くんの奇行に私を巻き込むことを許してはいない。しかし今日はなんだか許せてしまってばさばさと顔に当たる髪の毛にも優しい気持ちになれた。

「名前さん、私もあなただけですよ!」

こんなに心が浮き立つのは。後半の声は風に途切れてはっきり分からなかったけれど恐らく渉くんはそう言ったと思う。引っ張られながらこのあとの人生も渉くんが引っ掻き回してくれるんだろうな、なんて思うと私は柄にもなくわくわくしてしまったのだ。渉くんに言うと絶対調子に乗るだろうだから秘密にしておくことにする。
春の肌寒く強い風が私たちを追い越して行った。