ちちんぷいぷい、アブラカタブラ、びびでばびで云々。魔法の言葉というのは案外色々あって万能な、何でも叶えてくれる誠に優秀な言葉たちである。まあ、そんなものを唱えたところでどうともならないのか現実というものだ。
俺は今打ち合わせの為にテラスで名前というプロデューサーと共に他のメンバーを待っていた。最近俺はこの名前という女生徒に対して度々不思議な感情を抱くことがある。

「先輩、見てください。」

「何。」

「蝶です。」

そうだねぇ〜、とそちらを見ずに返事をする。どうやらその蝶をとっ捕まえてかさくんに悪戯したいらしい。なんて悪いやつなんだろうか。側から気配が無くなったのでようやく名前に目を向ければテラスを走り回っていた。頼むから大人しくしていてくれないだろうか。ああ、魔法でも使えたらあいつを大人しく出来るのに。
あんずと違ってかなり騒がしい女子生徒の名前の奇行にまたか、と周りからも呆れた視線を向けられていた。俺はバタバタと蝶を追いかけ回すのを見ながら再び不思議な感情を抱いた。名前を見ていると、名前の近くにいるとなんだか心臓が早くなる気がする。……次はどんな問題を起こされるかと俺なりに不安なのだろうか。

「あはは、先輩〜!捕まえました!」

両手を軽く合わせた状態でバタバタと戻ってくる。

「司くん早く来ないかなあ〜。」

「やめときなよ、いい加減しないと嫌われちゃうんじゃない?」

名前はかさくんがお気に入りだった。どうやら新鮮な反応をするかさくんが物珍しいらしい。ちょっかいを出しては怒られているのを頻繁に見かける。ただ、あのクソガキは満更でもないようで名前の事をお姉様と呼んでついて回っている。なので俺の言った嫌われちゃうんじゃない?というのは全く心配のいらない事だったが、そう言わないと気がすまなかったのだ。
嫌われてしまえば良いのに。素直にそう思う。なんだかムカつくのだ。ふんふんと鼻歌なんて歌いながら手の中の蝶とかさくんを待っている名前に腹が立つ。俺は名前の手首を掴むと引っ張った。

「ぎゃ、」

手の檻は壊されてぱたぱたと蝶が飛んでいく。

「おー、めっちゃ綺麗。」

不規則にきらきらと飛び回る姿は名前と似ていた。蝶に隣の女を例えてからハッとする。名前が蝶〜!?ありえない!そんな思考になってしまったことに腹が立つ。イライラと携帯をポケットにしまう。そもそもここに集合したのは打ち合わせの為じゃないの?他の連中はどうしたわけ!?

「あはは、瀬名先輩。」

「な、ぶ、」

視界が一気に奪われる。冷たい。え、なに!?

「水も滴るなんとやらですね!」

やっと目をあけると満足そうにホースを持っている名前が立っていた。すぐそこの花壇から引っ張ってきたらしい。ふふん、と言いたげに俺を見るその視線は生き生きとしていて輝いている。

「…あんたねえ〜?!どうしてくれるわけ!びしょびしょになっちゃったじゃん!」

「今日は暖かいのですぐ乾きますよ。それより確認してください!」

名前はホースの先を摘むようにして潰す。水圧が強くなって地面に叩きつけるようにして降り注ぐ。それを名前は上に向けた。

「は?」

「ほら、虹!見えます?!」

ぶんぶんと腕を振って水を拡散させる。きらきらと太陽に反射して水は落ちていき、どんどん名前を水浸しにしていく。

「……いや見えないけど。」

「え!?」

「あのね、虹を見るには太陽を背にして…」

俺が説明を始めると途端に興味を失くした名前はホースを放り投げると水を止めに消えていった。なんなのあいつ…、と俺は髪からしたたる水をはらう。ああもう!うざったい!それよりも制服が張り付いて気持ち悪い。

「先輩先輩。」

「なあに。」

「服が張り付いてすごく気持ち悪いです、はは。なんだこれ。水撒くんじゃなかった〜。」

ばかじゃないの?と名前を見てぎょ、とした。シャツとスカートのみの名前の下着がしっかり透けていたのだ。慌てて自分のブレザーをかける。

「あんたねぇ…!気をつけなよ、下着見えてる。」

「え、あ!?やだ。ええと。」

普段のこいつからは考えられない反応にこっちが照れてしまう。頬を染めると視線をさ迷わせている名前はちゃんと女の子だった。俺のブレザーをぎゅうと握りしめるのを見るとたじろいでしまう。
なんとも言えない空気になってしまいお互いびしょびしょで向かい合う様子は他人からはどう見えているんだろうか。
心の奥がぎゅうと熱くなる。俺のブレザーを握る手に思わず触れると意外と冷たかった。

「……?」

潤んだ瞳がこちらを見上げるのを見て心拍が上がる。ごくり、と自分の喉が動くのをちゃんと分かってしまった。心臓が馬鹿みたいに走って耳の奥で煩い。
この気持ちの確かな理由を知ってしまうのはダメな気がする。まあ、こいつの行動の全ては読めないけれどでも一緒に居るのは悪くないなんて思うのは半分以上分かりきってしまっているようなものだけど。

「お〜い!セナ〜!名前〜!」

王様の声が後から聞こえてお互い肩が震える。顔を見合わせるとなんだか笑えてきて先に名前が吹き出した。名前の作った水たまりに反射した光が頬を照らしているのを俺は見ていた。その暖かそうな所に触れるとひんやりと冷たくてきっとそれは今は俺しか知らない。そう思うと自分が特別な人間に思えて幸せな気持ちになってしまうなんてことも俺しか知らない。
ちちんぷいぷい、アブラカタブラ、びびでばびで云々。どうかこの想いがバレませんように。


B/U/M/P O/F C/H/I/C/K/E/N アンサー