却下。セッちゃんは間違いなくそう言った。名前は突き返されたデザイン画を眺めるとセッちゃんに向き直る。
「どこが駄目ですか?コンセプトには合ってると思うんですけど。」
「はあ?こんなダサいのを俺たちに着せようだなんて本気で言ってないよねぇ?あんたの感覚おかしいんじゃないの。」
「……具体的にどこがダメなのか教えてください。じゃないと納得できません。」
セッちゃんは言い過ぎでは?と誤解されやすいタイプではあるがあれは期待できない奴にはそこまで言わない。できると思っているからキツく言う。最高に分かりにくいけど。はは、と俺は小さく笑う。現在の状況としては寝転がりながら2人の様子を見ている俺と、おろおろしながら2人を見比べるス〜ちゃんと机で向き合うようにして険悪な空気を出している名前とセッちゃん。今ここには4人しかいない。ほかの2人は仕事だったり例のごとく失踪したりしている。
「だから、ここのレースみたいなの要らないでしょ。そもそもあんたの言ってるコンセプトってなに?」
「…………。」
ぐう、と唇を噛むとつらつらとコンセプトやらこだわりを説明し始める。セッちゃんはしばらく聞いた後にやはり却下と一言放った。名前は悔しそうな顔をしたあと 分かりましたと小さな声で呟いた。
この後も約束しているユニットがあるらしく名前は机に散らばった用紙を集めるといそいそと出て行く。俺は仕方ないなあと立ち上がると名前の後を追った。
次に名前が向かったのは兄者の所属しているUNDEADだった。うげえ、と呟くとほんの少しだけ扉を開けて壁にもたれかかる。
「うーん、この企画は無理があるのう…。」
「……、具体的にどこがだめですか…?」
先程のセッちゃんとの会話で体力を使ったのか声にあまり元気がなくなっている。そりゃあ連続でのダメだしだし、いくら意地っ張りで負けん気の強いあの子もちょっと疲れるのかもしれない。ただでさえこの1週間、名前は永遠にダメだしをされていた。衣装もそうだし、企画も、せっかく持ってきた仕事も本命のユニットには断られ普通の女子高生では考えられないぐらいに働いていた。穴埋めをしたり企画の練り直しをしたりと頑張っていたことは知っている。みんなも勿論それはわかっている。だけど名前が頑張ってはいるが空回りしているのとアイドルとしての仕事を妥協するのとでは話が違う。ダメなところはダメだと言わないといけないしどうも苦しいところなのだ。
名前は「練り直します。」と言うとこちらに向かってくる気配がした。俺はゆっくりと壁から離れると名前を待つ。
廊下に出てきた名前と目が合った。今にも泣きそうです!みたいな顔で目の下に真っ黒な隈を作って企画書を握りしめた名前は驚いたように短い悲鳴を上げる。
「さ、朔間くん?びっくりした…。先輩に用事、かな…?珍しいね。今なら起きてるよ。」
「はあ?俺が兄者に用なんかあるわけないでしょ。」
あ、そうだよねと申し訳なさそうに笑う名前の腕を引っ張ると俺は廊下を進んだ。
「朔間くん!なに…?ちょっと私まだ仕事が…!」
「はいはい、あれでしょ明日でもいい仕事だよね〜。」
夕方の日差しは柔らかい。じりじりと照りつけるような日差しではないから心地良いなあなんて考えながら廊下に降り注ぐ日差しを踏んで進む。
俺の寝床があるKnightsの部屋まで戻ってくると扉を開ける。セッちゃんもス〜ちゃんももう既に帰っていて俺と名前しか居なかった。鍵を閉めると名前の制服のポケットから携帯を抜き取る。
「あ、ちょっと!」
「はい、没収〜。」
抵抗をする名前を引きずって俺の寝床に突き飛ばす。可愛くない悲鳴をあげると混乱していると言いたげに俺を見るものだから思わず笑ってしまった。名前の肩を掴むと無理やり布団に寝かしつける。暴れた名前のスカートが乱れるのを直してやるとぱたりと大人しくなった。
「いやほんとなに?」
「特別にお兄ちゃんが甘やかしてあげようかとおもって。感謝するように。」
よしよしとお腹あたりをあやす様に叩くとじとりとした視線を受ける。
「あの、どういうこと?よくわかってないんだけど…。」
「ドツボにハマっちゃった時は足掻くのをやめたほうがいいんじゃないかなあ。寝てない頭は働かないしリフレッシュもできないから新しいアイディアも出てこないし。だから今日はもう寝ちゃいなよ。」
「………、」
「名前が頑張ってることはみ〜んな分かってるから。」
目を丸くさせた名前はすぐにぶす、とした顔をすると生意気に反論した。
「…頑張ってることをみんなが知ってくれてても結果が出せなければ意味無いよ。」
「うん、でも今まで出せなかったことはないじゃん。焦ることはないって話。」
ほらほらと布団をかけ直してあげると俺と布団を交互に見て急に泣き出した。
正直驚いてしまう。まさか泣くとは。今まであのセッちゃんにいびられても泣かなかったのに。珍しさもあってマジマジと見てしまうがぼろぼろと泣いてる名前は気が付かない。
「私は向いてない、こんなの、自分のことで精一杯なのにプロデューサーだなんて、」
「………、」
とりあえず話を一通り聞いてあげることにした俺はティッシュを枕元から引き寄せるとわんわん泣いてる名前に渡したりあんずが洗濯してくれていたタオルを目元に押し付けてあげたりと世話を焼いた。この労働は後ほど倍で返してもらおうと心の中で思いながら随分ため込んでたんだなあ、とこの子の性格に目を細める。
そのうちに少し落ち着いたらしく すん、鼻を鳴らした名前は気まずいのか俺に背中を向けた。
「……ごめんなさい。みっともないところをお見せました…。」
「スッキリした?」
「とても…。」
そう、と俺は名前のお腹に手を回すと引き寄せるようにして抱き枕にする。名前が驚いたようにほんの少し暴れたがすぐに大人しくなった。
「……ねえ。なにこれ。」
「スッキリしたみたいだから寝ようかなって。俺はもう起きる時間だけど名前は寝る時間だからあんたが寝るまで付き添っていてあげようとおもって。優しいねえ。」
何か呻いた名前は不服そうな声でありがとうと呟くとそのまま寝てしまったようだった。小さく聞こえ始めた寝息に俺も少しだけ安心する。こちらからは髪から覗く耳しか見えず寝たか確認しようと顔を覗き込めばなんだ案外穏やかそうな顔をしているじゃないか。
きっとこの涙は俺しか知らない。そう思うと目の前のこの女の子は特別に思えて仕方なかった。
ああ、なんだか目が冴える。