影片みかくん。
同じクラス。関西弁を喋る。あんまり体格は良くなくて不健康にもまあ、見えなくもない。飴を持ち歩いている。オッドアイがこの世のものとは思えないぐらいに美しい。そして、

あんずちゃんを敵と呼ぶくせに仲がいい。

私ははあ、と息を吐くと机に突っ伏した。何よ。なぁにが敵よ。ちゃっかり仲良くしちゃってさあ〜。意地悪したくなる小学生か!…ちょっと違うか…。
と、とにかく!さっきも私見たんだからね〜!校内アルバイトで貰ったってお菓子を半分こしてるところ〜!影片くんって、あんずちゃんのこと実は好きでしょう!?

「ええと名字さん…、」

影片くんは私の事を名字で呼ぶ。あんずちゃんは!あんずちゃんなのにね!お察しの通り私は影片みかという男に恋をしている。なにがどうしてこんな男を好きになってしまったのかは説明が出来ないが恋という感情が説明出来れば苦労しない。

「……なに。」

影片くんに、呼ばれた私は渋々返事をする。おどおどと人差し指を合わせてどうしたらいいか分からないみたいな顔で私を見ている影片くん。……可愛いじゃないの。

「次、移動教室なんやて。ゆっくんが名字さん気づいてないようやったから呼んできたって〜って…あの、もう鐘なるで…?」

「……なにそれ。弓弦くんが自分で呼びに来れば良かったのに。分かった。行くから影片くん先にいってていいよ。」

私は机から教科書を探すふりをする。次の授業はサボると決めたのだ。

「……呼びにくるのゆっくんの方がよかった…?」

「え?」

「おれやなくてゆっくんの方が、ええの?って…。名字さん、あんまおれの事好きやなさそうやもんなあ、はは…。」

申し訳なさそうにする影片くんに私はぽかんとする。いやいやいや、どっちかって言うとあなたが私の事、苦手でしょう?

「いや別に私は影片くんのこと苦手だなんて1ミリも思ってないんだけど…。」

「えっ、」

「え、って…。自覚無いのかもしれないけど影片くんの方が私のこと嫌いなのかと思ってたよ。」

んあ!?と目をまんまるにさせると後ずさるようにリアクションをくれた。関西だなあ。そんなオーバーにしなくてもいいのに。

「影片くん、鐘が鳴るよ。はやく戻った方がいい。私も後から行くから。」

「名字さんも行こうや。サボる気やろ。」

咎めるような声色に私は眉尻を下げて心底困ったような顔をした。

「…お腹が痛いのよ。」

「嘘や。」

「……教科書を忘れたの。」

「ほんならおれの見せたるから。」

「………き、気分じゃないの。」

「あかんやろそれ!」

なんでやねん!みたいなノリのツッコミに私はたじろいだ。
とにかく今は授業の気分ではなかった。影片くんが私のことをどうとも思っていないと分かったがそれはそれで複雑なのだ。無関心!?1番傷つきますよ!それ!

「なあ〜、名字さん〜!ほんまそろそろやばいて〜!」

時計をチラチラ見る影片くんをよそに私は反対側を向くようにして机に頬を寄せた。冷たい感触が気持ちいい。

「…….。」

「呼びに来てくれたのにごめんね。」

頬をピタリと寄せているからか自分の声が脳に響く。ほんの少しだけ不快な感覚だ。

「どうしても行かへんの?」

「どうしても行かへん。」

「……下っ手な関西弁やなあ。」

カラカラ笑った影片くんはわざわざ私の隣の席に腰を下ろした。同じ目線になると綺麗な目をすうと薄くした。

「ほんならしゃあないなあ。今日はおれも一緒にサボるわ。お師さんには内緒やで…。あの人怒ると怖いねん。」

「…成績表でバレそうなものだけど。」

まあいいかとしんとした教室で二人きり視線を合わせている。影片くんは何も喋らない。私も喋らない。ほんの少しだけ眠そうな影片くんはうっすらと口を開いた。

「ほんまのこと言うとゆっくんが名字さんのこと呼びに来ようとしてたんやで。」

「……へえ?」

「名字さん教室に1人でおるやろうから必然的にゆっくんと二人きりになるやん。それ思った時になんやろ、ぐわ〜って嫌な気分になっておれがいくって変わってもらったんやけどいざ目の前に名字さんおるとやっぱりどうしたらええか、わからんもんやなあ…。」

「……。」

それってどういう、と口を挟む前に影片くんは再び言葉を吐き出す。微睡むような声に私まで眠たくなってきた。

「本来女の人って落ち着くんやけど、どうしてか名字さんは落ち着かへんのやわ。ザワザワしてもうて…。名前で呼べへんし…。でもほかの人が名字さんと親しげに話してんの見ると嫌やなあって思うし。名字さんとの距離が…、分からへん。」

そう言うと影片くんは瞼を落とした。

「………いや、寝るな…!」

私は体を起こすと影片くんを揺する。それって、それって!!

「………嘘でしょ。」

私の言葉を授業開始を知らせる鐘が飲み込んだ。