※不穏な空気の羽風に甘えられる。( 末っ子気質を全面に出しました )

羽風先輩が珍しく機嫌が悪かった。そんな日もあるよね、と私はそれを放ってしまったのがいけなかったな、と数分前の私を呪う。
今日はUNDEADのレッスンの日で私はその準備の為に少しだけ早く来ていた。スピーカーの調節やらなんやらをしてる時に羽風先輩が入ってきたのだ。珍しいこともあるんだな、と私が挨拶をした時にはもうあんまり状態は良くなかったと思う。

「……名前ちゃんてさあ、俺には冷たいよね。」

そう切り出されて私は固まる。冷たい?冷たいとは。どういうことだ?

「ええと…。」

「明らかに俺が不貞腐れてるの分かってるでしょ。今、ここには君と俺しかいないのに知らん顔して仕事なんかしちゃってさあ。」

ぷんぷん、だなんて可愛い怒り方ではなかった。明らかにトゲがあって私に突き刺さっている。なるほど、確かに先輩が様子がおかしいと分かっているのにそれを見ないで仕事していたのは薄情だったのかもしれない。
しかし私の口から出たのは謝罪じゃなかった。

「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。」

ぴしり と空気に亀裂が入ったところで他のメンバーがレッスンの為に入室してきた。

「おや、薫くん。今日は早いのう…。」

朔間先輩がそう羽風先輩に声をかけると先輩は鬱陶しそうに追い払う仕草をする。

「別にそんな日があってもいいでしょう?そんな気分だっただけ。」

「おやおや、今日は随分とご機嫌ななめじゃのう…。どうかしたのかえ?」

「は〜?別に朔間さんに言ったところで何もできないと思うんだけど。てゆうか男に気を使われたところでなんっも嬉しくないよね。」

「…子供ですか。」

小さな声で出した言葉はしっかりと先輩に届いたようでじとりと視線を送られる。バチバチと火花が散ったんじゃないかって錯覚さえ起こった。それぐらいには先輩の眼力が強かったのだ。私は目をそらしたら負けだ、と絶対に逸らさなかった。そこに割って入ったのは乙狩くんだった。

「名前、今日はよろしく頼む。」

天然なのかなんなのか私と羽風先輩が火花を散らしてるど真ん中にやってくるなんて!しかし助かったと私は頷くとレッスンを始めましょうと声をかけた。
UNDEADはあんまり手の込んだストレッチはしない。ダンスレッスンというよりパフォーマンスレッスンに力を入れているからか何なのかは知らないが基本的なストレッチをして終わる事が多い。朔間先輩は腰を伸ばすたびに死にそうな顔をするので若干体が硬いのだろう。かわいそうに。私は心でそう思うと一思いに押した。

「うう、嬢ちゃん…、」

「ちゃんとストレッチはしないと痛めるのは先輩なんですからね。」

おいおいと泣き真似をする先輩にため息をつくとよしよしと腰をさすってあげた。

「うわ〜、やらし〜。」

通り際に羽風先輩にそう言われカチンときた私は先輩のストレッチに大神くんを向かわせた。震撼しやがれ…!羽風先輩!
容赦ない大神くんのストレッチに悲鳴を上げている羽風先輩を見ていい気味だと思うと私は乙狩くんと談笑をすることにした。あのストレッチが終わるのはもう少しかかりそうだ。

「………嬢ちゃん。」

「はい。」

「薫くんと何かあったのかえ…?あんな薫くん久々に見たぞ…。」

その言葉で反省をした。レッスンにも不穏な雰囲気を持ち込んでしまっていたようだ。私はうーんと唸る。

「何が、とかじゃないんです。羽風先輩がなんだか今日はずっと機嫌悪くて放って置いたんですけどそれを冷たいと言うものですから」

「ほう。」

「今日の羽風先輩めんどくさくて私も余計な事言ったんですよ。まあそれでさらに先輩は機嫌が悪くなった、と。」

「なるほど。薫くんも分かりにくいのう…。」

ふあ、と先輩は欠伸をするといつまでもストレッチという名の憂さ晴らしをしている大神くんに声をかける。

「これ、わんこや。そこまでにしておやり。レッスンを始めよう。」

「うっせえ!俺は犬じゃねえ!」

わーぎゃーと喚き散らしながら始まるレッスンは本当に賑やかだったが羽風先輩はいつにも増してやる気がなさそうだった。ステージでは絶対あんな動きしないだろうにダラダラと動いているのを見ると腹が立つ。私が何してしまったかなんて知らないがあんなあからさまにしなくてもいいじゃない。意外と子供なんだから。

「…ええと、もう1回いいですか?今度のステージそんなに大きなところじゃないのでそこまで広がると危ないかもです。」

「え〜?そんなの知らないよ。最初から指示してくれれば良かったじゃん。」

めんどくさ、と言いたげな先輩についに私はぷつんと何かが切れた。

「…あの。すみません。羽風先輩はちょっと廊下に出てもらっていいですか。」

「…いいけど。」

すみません、と残りの3人に頭を下げると2人で廊下に出る。

「あの、なんなんですか。さっきから。」

「………別に。」

「別に?そういう態度じゃないですよね。いつもの先輩と全然違うじゃないですか。機嫌が悪いのは仕方ないですよ。人間そういう日もあります。でも切り替えてもらわないと朔間先輩達にも迷惑かかります。」

先輩は腕を組むと私を見下ろした。私も負けじとそれを見る。

「あ、名前ちゃん!探したんだよ〜っ!」

ひーひーと私に駆け寄ってきたのは真くんだった。どうやら企画のことで相談があったようで携帯の繋がらなかった私を探し回っていたようだ。

「放送で呼び出してくれて良かったのに。」

「はは、そうだね。でも結果的に見つかってよかったよ…!」

先輩の目の前で少しだけペンを加えてあんずちゃんによろしくと伝える。真くんは手を大きく振りながら去っていく。羽風先輩との対峙で擦れた心が少しだけ和らいだ。

「……俺には全っ然優しくないのにあの子には優しくするんだね〜、へ〜、名前ちゃんて贔屓するプロデューサーなんだ、へえ〜?」

「はあ?!先輩にもちゃんと対応してるじゃないですか。だからこうして向き合ってるんです…!それと、さっきから優しいとか優しくないとか意味が分かりません。」

「俺、今日は早く来たよね。」

そうですね、それが当たり前なんですよ。と私が言えば先輩はまた機嫌を降下させた。

「普段なら考えられない事だよ?少しぐらい褒めてくれても良くない?」

「いやなんで?」

そう言えば羽風先輩はつらつらと文句を並べ始めた。この間授業にきちんと出ていた朔間凛月くんをガーデンテラスで褒めていたのを見たし、Ra*bitsの練習を外でしていた時ダンスが上達してきた1年メンバーを褒めていたのを見た。影片くんのお裁縫を褒めているのも見たこともあるし日々樹先輩の手品を褒めてるのも見ていたらしい。そして、自分だけそういうのがないのはおかしいという主張のようだ。
話を聞きながら私は何言ってるんだ?という気持ちになっていた。

「だからね?名前ちゃんが他の子を褒める理由ってそれこそ当たり前じゃない。授業に出るのは当たり前、練習すれば上達するのは当たり前、裁縫だってやっていけば上達するのは当たり前。手品だってもう手品ってだけですごい。当たり前だよね?そうじゃない?」

「まあ、そうですけど…。」

「俺だってちょっとぐらい褒められたい時だってあるよ。分かるでしょ?」

目の前で不貞腐れてるひとつしか違わない先輩が心底馬鹿らしくて私はゲンナリした。先輩の言っていることには無理がある。

「分かりませんよ。そんなの。」

私の言葉にむす、としたままの先輩が口を開いた。

「俺の気持ち、分かって。」

「先輩がなにを考えているかなんて分かりません。それは先輩に限らずです。」

イライラしてしまうのを抑え込むと私はそう告げた。酷く傷ついたみたいな顔をされると本格的に私が悪いみたいな雰囲気になるのはどうしてだろうか。
はあ、と私は盛大に息を吐くとポケットからいちごみるくの飴を取り出した。お互い疲れているに違いない。

「やっぱり私は先輩の言ってる事よく分かりません。一時休戦です。いいですか、レッスンに戻りますよ。ほら、これをあげますから。私のお気に入りの飴です。今日早くきた先輩だけにあげますから。」

「……なんだか子供扱いしてない?」

「されるような事をしたのは先輩ですよ。」

先輩の腕を軽く引っ張ると前のめりになる。私はほんの少しだけ腕を伸ばすと先輩の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

「さあ、このあとも頑張ってくださいね。」

「………腑に落ちないけど今日はこれでいいよ。」

言葉のわりには満足そうに笑った先輩は飴の袋に軽くキスをし何の流れか私の肩を抱いたので私はその手を叩くとドアを開ける。
先輩の機嫌はもう治っていた。