遊木くんと付き合うようになってもう暫く経った時だった。時折何かを言いたそうにするのだ。中々話が進まないので定かでは無いが恐らく遊木くんは私と手を繋ぎたいんだと思う。
そう、私たちは手すら繋いだことのない非常に清い関係だったのである。思い切ってこちらから繋いでみようかと思うがもしかしたら遊木くんのプライド的なものを傷つけてしまうかもしれないのでなんとなくこちらからは行動しづらい状況だった。
遊木くんは私が他のユニットと練習する日は必ず待っていてくれてるしマメに連絡を返してくれるしとにかく優しかった。しかしここまで初心だとは思わなかった…、と隣を歩く彼を眺める。遊木くんはとてもとても綺麗な男の子で瀬名先輩が可愛がるのもすごくわかる。正直なんで遊木くんが私を好きになってくれたのかは全く理解できないが夏目くんに焚き付けられて勢いで告白してくれるぐらいには私を好いてくれている、のだと思う。そういう話、少しもしたことないなあと考えるのと好奇心が膨らむのはほぼ同時だった。
「ねえ、遊木くん。」
「え!?な、なに?」
「遊木くんて、私のどこが好きだったの?」
ひ、と息を止めた遊木くんはかああ、と頬を染めていく。
「……い、言わないとダメ…?」
「知りたいなあ。」
ごくりと遊木くんの喉が動いたのが見えた。緊張してるんだろう。とても可愛い。
「………ええと、その、まず気になったのは音楽の趣味が合うところで…。あんまり知ってる人のいないバンドだったから嬉しくて…。それで関わるうちに優しかったり、厳しいところは厳しくしてくれたりオンオフがしっかりできててかっこいいなあと…、それからは自然と…。あの、笑顔も好きです…。」
「………なるほど。わかりました…。」
こちらが恥ずかしくなるベタな内容に何も言えなかった。もういいですと手をあげるとやっぱり何か言いたそうな顔。多分だけど、私からも遊木くんの好きなところを聞きたい顔だと思う。遊木くんは分かりやすい。
「………私は、」
勢いで遊木くんとは付き合った私は、彼のどこを好きになったのか。大きく息を吸い込むと口を開いた。
「遊木くんは、表情がわかりやすくて面白いし、オーバーワークしがちだけど努力家なところ、めげないところ、優しいし、あと目が綺麗よね。」
意外と遊木くんの好きなところは出てくる。私はちゃんと遊木くんを好きなのだ。
破顔した遊木くんは頬をかくとへへへ、と声を漏らした。2度目だけど言わせてほしい。可愛い。
「嬉しいなあ…。名前ちゃん、僕の事そんなに好きじゃないのかなって思ってたから。」
言われた言葉に少し固まる。まあ、その、当時は恋愛感情こそなかったものの…。
「……好きじゃなかったらすぐ別れるよ。」
「そ、そうだよね…!なんだか安心しちゃった…!」
ご機嫌に前を歩く遊木くんがどうしようもなく愛おしいと感じてしまった。遊木くんに触れたい。彼のプライドを傷つけてしまうかもとかもうそんなの関係なく遊木くんに触れたい。
「…ねえ。」
「え?なに?」
遊木くんが振り向いたタイミングで胸ぐらを掴んで引き寄せた。がつんと勢いよく唇がぶつかった。
遊木くんが大きな目がまん丸になる。
「……ちゃんと遊木くんの事、好きだよ。」
「う、え?あれ?夢?」
困惑したように唇を触っている遊木くん。なあに。まだ疑っているの?
「うーん、夢じゃないんだけどなあ。なんならもう1回する?」
「お願いします…、じゃなくて!え!そんな、ええとまだ手も繋いでないのに…。」
「じゃあ手を繋げばいいじゃない。最初の勢いはどうしたの、遊木くん。」
あんなに華麗なステップを決めてくれたじゃない!と言えば遊木くんはぐっと目をつぶった。私に手を差し出す。しかしこれでは握手になってしまうなあと私はわざと握手をする。
「え、違う…!も、もう名前ちゃん意地悪しないでよ〜っ!」
「あはは、ごめんなさい。」
ほら、と手を繋ぎ直せば遊木くんは非常に緊張しているようで視線を落ちつき無くさせる。
やっとここまでこれた私達が次に進めるのはもっと先かなあと横を歩く遊木くんを見ながら考えた。