「ま〜くん、この間はありがとねぇ。」

凛月と今日使うセットの組み立てを見学していると脈絡なく放たれた言葉に思い当たることがなかった。なんかしたっけ?と首を捻るとこの間、名前が勝手に家探ししているのをこっそり教えてやった事のようだった。

「ああ、あれな。結構前の話だし、もう解決したんだろ?」

「まあね。も〜、名前ってほ〜んと手がかかるんだよね。あれ以降もバタバタあったんだから。今度ま〜くん話聞いてね。」

文句の割には楽しそうにしているのが視界に入り内心でどっちだよ、とツッコミを入れておく。
音楽番組で出演者として一緒になることが多い俺たちは頻繁に会うけどどうしても名前とは予定が合わない。なのであいつにプライベートで会ったのはあの不動産の前が最後になる。スバルがそろそろ会いたいやら曲作ってもらいたいやらと始まったので予定合わせられると頼みやすいんだけどなと考えるが、まあ凛月の彼女になっちゃったわけだし。俺達が会いたい会いたいと言うのもなんとなく凛月に悪いだろう。それにこいつは意外と執着するタイプだし何か勘違いされて拗ねられるのも面倒なのだ。とりあえず、今日の出演者には名前の担当してるグループも出るし運が良ければ会えるかな、なんて腕を組んだところで凛月が周りを見渡し始めた。

「どうした?」

「んー、この時間ぐらいに現場入るって言ってたんだけどなあ。」

そう凛月が呟いた丁度ぐらいに奥の方が賑やかになった。女の子が数名誰かを取り囲みながら楽しそうに話している。中央にまとわりつかれる形で人影が見えた。名前だった。凛月はほんの少しだけ目を輝かやかせたがすぐに残念そうな顔になる。まあ、そうだよな。あれだけ囲まれてれば声掛けられないよな。それにしてもあいつの担当している子達めっちゃ若くない?と、用意されてるスタンバイ場所の方に歩いていく名前達を目で追う。ふとこちらを見た名前は凛月の姿を見つけると照れたように視線を彷徨わせ遠慮がちに小さく手を振った。あの、俺も居るんだけど。

「…ふふ、かあわいい。」

凛月も手を振り返しながら満足そうにする。名前の後ろ姿を見送りながら凛月がぽつりも漏らす。

「最近さあ、名前がどんどん可愛くなっていくんだよねえ。どうなってんの?」

「知らんわ。」

「可愛いが過ぎて感情が爆発しそう。ま〜くんにも名前の可愛いところいっぱい教えてあげたいけどやっぱり教えてあげない。」

「いや何なんだよ。」

欠伸をした凛月がごろりと床に転がるのを見て注意をする。衣装汚れるぞ。
名前と付き合い初めてから凛月はだいたいこんな感じだ。会話の1度には惚気みたいなのをもってくる。まあ、幼馴染2人が幸せなのはいい事だ、と1人納得すると凛月を置いて廊下に出た。飲み物が欲しい。


ガコンと自販機が重たい音を鳴らして飲み物を吐き出すのと声をかけられるのはほぼ同時だった。

「真緒くん。」

「お。名前。」

名前も飲み物を買いに来たのだろうか財布片手に突っ立っている。どうぞ、とペットボトルを取り出してから横にずれれば申し訳なさそうに財布を開いた。最近可愛くなったと凛月は言うが特に俺には変化が見られない。

「…真緒くんなんだか久々だね。曲渡しに行ってレコーディングした時以来?かな?」

「けっこう経つもんなあ、1ヶ月?」

「でもそれぐらいなんだね。」

「スバルがそろそろまた曲欲しいって言ってんだけどさ。頼んでいい?」

名前は驚いた顔をしたあと戸惑ったように笑みを浮かべた。

「ええ…?この間作ったばっかなのに?明星くん面白いねえ。あんずちゃんと相談してみるね。」

そう返事をすると どれにしようかな、と自販機の前で悩む名前。じっくり見るとやはり小さい。名前が口元に当ててる左手に違和感を感じて口を開いた。

「どうやったらそんなところに怪我すんだよ。」

名前は え と俺を見ると俺の視線の先を見る。すると困ったように眉尻を下げて口を開いた。

「ああ、そう!真緒くん、凛月くんを起こす時って何かコツある…!?」

「はあ?!コツ?ないないそんなもん。」

「ほんと…?私は起こすの下手くそみたいでいつも噛まれる。ほんと困る。」

左手薬指の付け根。いやそれ、なんか違うだろ。

「痛いからやめろって言うんだけど、寝ぼけてるから無理って言うわけ!何度も同じところ噛まれて痣になっちゃって…。今度真緒くんに相談しようかなって思ってたんだよね。そっかあ、真緒くんに話しても解決しないか〜…。」

凛月の思惑はなんとなく分かった。いや、俺も男だから気持ちはわかる!分かるけど…!あと名前は何となく察しろ!はあ、とおでこに手を当てると心配そうに俺をのぞき込む名前。
可哀想に。お前は凛月から一生逃げられないからな。

「な〜に楽しそうにしてるの?」

「わ、おも!なに!?」

さっきまで床に転がってたはずの凛月が名前の背中にのしかかっていた。幼馴染3人集合である。

「凛月おまえなあ…、」

しー、と凛月は唇に人差し指を当てるとにこりと笑った。もちろん名前には見えてない。口をぱくぱくと動かしている凛月になにかと眉を顰める。

「( ま 〜 く ん に だ っ て あ げ な い )」

時折俺にすら見せるこの独占欲。呆れ返った俺はしっしと追い払う仕草をする。とらねえって。
戻ろうとする名前の背中にベタベタ甘える凛月の後ろ姿に重たい息を吐いた。
はいはい、ごちそうさま。