レオくんは作曲の天才で、そして散らかす天才でもある。私は床に散らばった譜面をかき集めて順番通りに並べ、レオくんボックスに入れる。レオくんボックスとはレオくんと住むようになってから設置した収納である。至る所に紙を散らかすものだからそれを失くさないようにする為だ。レオくんの作った曲は私も大事で大好きなものだから丁寧に扱いたい。
さて、今日は休みなのかなとカレンダーを見れば休み!と乱暴に書いてある文字から数日分矢印が伸びていた。ならもう少し寝かせておくかと掃除を手早く済ませる。

「名前、」

声の方を見るとボサボサの髪を下ろして欠伸をするレオくんが居た。中途半端に伸びている髪は後ろから見ると女の子みたいだ。それを言うと怒るから言わないでおこう。

「起きたの?おはよう、レオくん。」

おはよう!と元気よく返すとレオくんボックスから譜面の束を漁り出し、たったかと作業部屋に走っていってしまう。朝ごはんのことまた忘れてるなあ、とため息をつくと手軽に食べられるおにぎりを持って行ってあげることにした。私はなんだか頭がガンガンしていて体調が良くないしとりあえずレオくんにおにぎりを持っていったら一旦休もうかなあと頭を押さえる。ダルい体に鞭打ちながらレオくんのお部屋におにぎりを持っていった。
声をかけながら作業部屋に入るとスウェット姿のレオくんはふんふんと楽しそうに楽譜に音を書き込んでいた。声をかけても聞こえていないだろうからとラップをかけたおにぎりを端に置くと部屋を退散しようと踵を返す。

「……ちょっと待った。」

「うわ、」

腕を引っ張られて驚いた私は何事かと振り返る。レオくんの猫目が私を写していた。

「何か元気ないの?」

「え?」

ほんの少しだけ体調が悪いのをレオくんは気づいてくれたようだけどせっかくのお休みに余計なことを考えて欲しくなかった。

「ううん、そんなことない、大丈夫だよ。おにぎり、置いておいたからひと段落した時に食べてね。」

「うーん、わかった。」

そっかそっかと私に背を向けてまた曲を書き始めるレオくんにほんの少しの嬉しさを覚える。些細な変化に気がついてくれる人というのはいいものだ。廊下に出るとふうと息を吐く。こんないい天気だ。洗濯物もしたかったしちょっとお出かけだってしたかったんだけどと寝室に入る。ベッドに寝転がれば背中に悪寒が走る。ああ、これは風邪を引いたな、と思ったところでぷつんと意識が途切れた。



「うわっ、暗!くらい!」

「……?」

ばたばたと動き回る音で目が覚めた。目を覚ますと部屋が真っ暗でやってしまった、とぼんやり考える。今何時だろうと体を動かそうとして断念する。あ、だめだ、長く寝たからか上手く力が入らない。どうしたものかと目を伏せた。ばたばたと動き回ってるのはレオくんだろう。

「名前〜?あれ?いない、おーい、」

がちゃりと扉が開いて灯りが着く。眩しさに目をぎゅうと瞑った。

「あ、いたいた。寝てた?」

「…うん、ごめん寝てた。今何時?」

20時、と言われ青ざめる。嘘でしょう、やってしまった。

「ほんとにごめん、今すぐご飯用意するね。」

体調が悪いとか言ってられない、と起き上がろうとしてレオくんにベッドに押し戻された。至近距離で額に手を当てられるとドキドキしてしまう。
やっぱり!とレオくんは言うと怒った顔をした。優しく触れてくれてたはずの額をぱすんと叩く。

「ほらやっぱり体調悪かった!熱あるじゃん…!絶対そうだとおもってたんだよなぁ。風邪薬どこだっけ?」

「……台所の調味料置いてる棚の奥…?」

「ご飯食べてないよな?ご飯食べてからじゃないと薬飲めないからな〜…。うーん、おれ、多分お粥ぐらいなら作れる気がする。」

言葉に少しだけ不安を感じながらありがとう、と声をかける。一緒に住むようになってからレオくんが料理をしているところを見たことがない。大丈夫だろうか、と目を閉じる。どこかに電話をかけながら部屋を出ていく気配を感じた。



次に目を覚ました時、額が冷たくて触れてみるとどうやら冷えピタが貼られているらしい。いつの間にかパジャマにもなっていて多分レオくんがやってくれたんだなあ、と思った。

「お、起きた起きた。」

横を見るとレオくんが一緒に寝っ転がっていた。どうやら一緒に寝ていたようで移るよ、と注意をすれば大丈夫と根拠のない返事をされる。お粥を温めてくると一旦部屋を出てしばらくしてから戻ってきた。

「起きれる?」

「うん、」

よいしょ、と体を起こすとばき、と腰がなった。だいぶ体が固まっている。レオくんはベッドの横に椅子を引いてくるとそこに座ってお粥を冷まし始める。嫌な予感がした。

「はい、あーんして。」

「………じ、自分で食べられるし…。」

「えー?いいじゃんいいじゃん、たまには甘えろよ。いっつもおれがお世話してもらってるし、今日だけだからさ。な?」

ほらほら、とにっこり笑うレオくんが私にお粥の乗ったスプーンを近づける。う、となっている私に我慢が出来なくなったのか早く、と声をかけた。観念した私は小さく口を開ける。

「………おいしい。レオくん料理出来るんだね。」

「お母さんに電話して聞いた!うまいならよかった。」

ほらほら、とどんどん口に運ばれるお粥を咀嚼しながら何やら楽しそうなレオくんを眺める。

「お、インスピレーションが湧いてきたぞ!" 名前のお世話は楽しいな! "の曲!」

「なにそれ。楽しいの?」

「普段あんまりできない事だからな。」

ふんふんとスプーンを振り回しているのを見ながらなんだか温かい気持ちになる。多分だけど私は幸せを感じているんだと思う。

「レオくん、」

「ん?」

「ありがとう。私、レオくんと一緒に居られて幸せだ。」

きょと、とした後に照れくさそうに目を細めた。そっか、と呟くと容器を置いて私にダイブしてくる。

「おれも名前との毎日が楽しくて仕方ない!大好きだ!」

「う、くるし、」

「毎日一緒に居るのに大好きが更新されていく日々!インスピレーション…!」

結局そこなの、と思ったが彼が呼吸と同じぐらい大事にしてる作曲の材料に少しでもなれてるならいいかと私を押しつぶす背中をとんとん、と叩く。きゅうと更に強く抱かれれば思わず笑い声が漏れる。

「よし、汗かいただろ?体を拭いてやろう!」

「え?いらないいらないそれは自分でやる!」

え?と本当に不思議そうにされると返答に困るが単純に恥ずかしい。そう伝えれば更に不可解そうに眉を寄せた。

「え?恥ずかしい?そんなの今更だろ。」

「そ、そうだけど…、とにかくいいの…!自分でやるかお風呂入るし!」

「なんで!?お世話させて!今すごく名前のお世話したい!」

純粋な目に見られ一瞬怯んでしまう。抵抗のできない私を捉えるとよちよち!と赤ちゃん言葉を使うものだから「レオくんの意地悪!」と文句を言ってみる。ぐっ、と顔を近づけて私の顔を見るとぶは、と吹き出してもう一度ぎゅうと抱きしめられる。

「おまえと居ると本当に幸せだなあ」

なんて噛み締めるように言われたら私はうんともすんとも言えなくなるのだ。