クラスで集まりがあるのでいつもより気合いの入ってしまった私は新しくお洋服とか買っちゃってメイクも雑誌を見ながら自分なりに可愛い状態に持っていけたんじゃないかとブラックのスカートの端を鏡の前で摘んでみた。ゆるく巻く位しかヘアアレンジは出来ないが精一杯頑張った。お母さんにもいいんじゃない?って言ってもらったし、友達にも送った写真は好評だった。もう有頂天で玄関を出れば泉くんとばったり出会う。

「あ、おはよう泉くん。これからお仕事?」

私の問いかけに泉くんは答えない。あれ?と思って覗き込めばしていたマスクを少しずらして一言。

「全然似合ってない。ブス。」

ガン、と鈍器で頭を殴られたんじゃないかってぐらいのショックを感じた。メイクだってヘアアレンジだってすごく時間がかかったのに。みんなに褒めてもらっていた分、もしかしてお世辞だったのか、と項垂れる。調子乗っちゃったな、と集合場所に行くのが嫌になってくる。いや、でもずっと楽しみに準備してたんだから行かないと勿体なく感じた。


集合場所の駅前には既にクラスの人が疎らに集まってきていて私もその中に入る。いつも一緒にいるお友達は私を可愛い可愛いと褒めてくれた。似合ってるって言われると本当に嬉しくて心の中で泉くんに舌を出す。
今日は学年最後のテストお疲れ会という名目だった。予約していたカラオケの部屋に入ると各々座り始めたのを見て私もお友達と固まって座る。

「名字」

「あ、佐藤くん。」

私の隣に座った佐藤くんはサッカー部の部長さんで女子からも人気もある男の子だった。顔はかっこいい方かと思うが小さい頃から一緒の泉くんと比べると泉くんの方がかっこいい。ここまで考えて頭を振る。泉くんは関係ないし!

「今日いつもと全然雰囲気違うね。すごく似合ってるし、それに、」

可愛いよ、と佐藤くんの唇が動いた。体がほてるようななんだかむず痒いような感覚に襲われると私はもじ、と膝をすり合わせた。

「あ、ありがとう…。」

佐藤くんはにこりと笑うと私にメニュー表を渡してどれにする?と聞いてくれる。優しい。これはモテる。私にもわかる。隣に座ってた友達がわかりやすく お似合いなんじゃない? なんて冷やかすもんだから私は慌てた。佐藤くんは慣れているのかにこりと笑って ありがとう と言うので再び変な感覚に陥る。

「もう、佐藤くんもやめてよ…、」

「ダメだった?……俺は名字の事可愛いなって思ってるんだけど。」

「…!」

こそりと耳打ちされれ体を離す。からかわれてるのか?と真意は見えなかったけどクラスでも人気のある男の子にこんな風に扱われれば嬉しいだろう。上の空の私を置いて時間はどんどん過ぎていき気がついた時にはお開きになっていた。
日の傾いた駅前で解散をすると佐藤くんから話しかけてきた。どうやら連絡先を交換してくれるらしい。今度どこか出かけようよと言われるのをぼんやり聞くと今日は頑張ったかいがある、と浮き足立った。
完全に1人になると私は自宅方面に向かって足を進める。いい気分だった。泉くんの姿を見るまでは。私の視界に入った泉くんは携帯をいじって少しだけ疲れてる様子だった。向こうも私に気づいたが一瞥しただけで特にアクションはなかった。今朝言われた言葉が頭をよぎる。またブスとか似合ってないとかネガティブな言葉を今は言われたくない。前を歩く泉くんの背中の威圧感に背中に汗が流れた。

「( …帰り一緒になるのやだなあ、)」

そう考えながら歩くスピードを落とす。泉くんの背中が遠く見えなくなったところでほ、と胸をなでおろした。
一応鉢合わせては面倒だと辺りを警戒してみたが近くの公園に差し掛かったところでそれも薄れる。でもまあこれだけ時間が違えば泉くんと会うことはないだろうと携帯を見る。佐藤くんから連絡が入っていた。気分の上がった私は軽く鼻歌なんて歌っちゃって周りに人がいればおかしな人間に映ってるだろう。返事をし終えたところで顔をあげた。その時、公園のベンチに座ってた泉くんの姿が見えてしまう。え、なんで?
隠れることもできずに呆然とする私に気がついて腰を上げた泉くんは近寄ってきた。

「あんたに一言言おうと思って。」

「え、あ、うん。」

一言の為にわざわざ待っていたのだろうか。迫力のある顔面にこちらが緊張する。

「朝も言ったけどほんと似合ってないし、化粧も濃すぎ。」

「……、」

「それと髪もボサボサだし。そんなんじゃ彼氏なんて一生できないよ。超ダサい。」

一言じゃないじゃん!と言い返そうとしたが嗚咽によってそれはできなかった。ぼろぼろと涙が零れる。ひどい。すごくいい気分だったのに。泉くんのせいで台無しだ。

「じゃ、それだけだから。」

去っていく背中に向かって私は口を開いた。

「……泉くんに関係ないじゃん。」

「…は?」

「泉くんに関係ないじゃん!今日はすごくいい気分だったのに、泉くんのせいで全部台無しだよ。友達もクラスの男の子も褒めてくれた。泉くんがブスとか似合ってないって思ってても、ちゃんと褒めてくれる人はいたもん!泉くんは彼氏じゃないし別に泉くんに可愛いって思われなくたっていい!泉くんの為にがんばったわけじゃない!泉くんのバカ!本当に嫌い!」

子供みたいに泣きながら私は泉くんを横から追い越す。
もう我慢ならない!むかつく!いつも上からだし、そんなんじゃ泉くんこそ友達できないんじゃないの。どうでもいいけど。


部屋に戻るとベッドに潜り込む。きっと化粧も何もかもぐっちゃぐちゃだろう。分かってる。泉くんに比べたら確かに私はブスだし、洋服に着られてるような状態なのかもしれない。でもわざわざ言わなくてもよくない!?今までよく我慢してきたなあ、私。偉い!明日はちょっといいケーキをご褒美で食べよう。
暫くしてチャイムの音が鳴ってお母さんが対応している声が聞こえた。ぐす、と鼻を鳴らした私はもう1度目元を拭った。手元を見るとアイシャドウがべたりと付いてて化粧を落とそうと体を起こしたところで部屋の扉が開く。

「名前」

聞きなれた声に私は信じられない気持ちだった。泉くんだ。さっきのチャイムは泉くんだったんだとベッドに逆戻りする。なんで勝手に部屋入ってくんの、嫌い。

「泉くんと話したくない。」

「……ごめん。」

素直に謝る泉くんに驚いた。そんなに喧嘩をする方では無かったが口論になった時、謝るのはいつも私だった。しかし、今回はそうはいかない。

「向こう行って。」

珍しく私が泉くんを拒んでいるから戸惑っているんだろう。動く気配のない泉くん。少し間があって近寄ってくる足音がした。

「名前、ごめんね。言いすぎた。」

「………。」

掛け布団を捲られて本当に申し訳なさそうな顔をした泉くんと目が合う。不安そうに揺れる瞳は綺麗だった。とても絵になる。こんなのと自分を比べられたらそりゃ勝ち目なんてないし、言われても仕方ないのかな、とぼんやり思う。

「………、」

泉くんはゆっくり私の目元に触れた。

「擦ったの?痕になるよ。」

「誰のせいだと思ってるの。」

俺のせいだね、と沈んだ声色に何だかこっちが申し訳なくなる。美人って得だなあ。

「…本当はちゃんと似合ってるって思ってた。あんた、そんな格好あんまりしないでしょ。デートかなとか色々考えたら…まあ、その、つい。」

「………嘘くさい。」

「はあ!?ちゃんと本心なんだけど。」

泉くんが素直にそんなこと言うはずがない。ご機嫌取りだと思った私の疑わしげな視線にはあ、と息を吐くと私の手を取って眉尻を下げた。

「あんたの格好見て他の男に取られるのかなって思ったら焦ったって話。」

「………、ヤキモチじゃん。」

「…まあ、そうなんだけど。」

暫くしてゲラゲラ笑い始めた私に泉くんは怒ったような顔をした。だっておかしい。

「ふふふ、なんだ。そっか。」

「………多分意味が通じてないと思うけどそういう事。あんたほんとむかつく。」

泉くんの言う通じてない事は私にはまだ分からないが泉くんが本当に申し訳なさそうに本当の事を話すのを見て許してしまうのは長年の付き合いから仕方がないのだと思う。

「で、彼氏でも出来たの?」

そう真面目な顔をしながら聞いてくる泉くんに私はもう一度笑い声を上げた。