名前と俺の出会いは運命だったと思う。一目見た時に名前の周りだけ明るく見えて初めてゆうくん以外に守らないと、と思う子が出来たのだ。ついつい世話を焼けばゆうくんは悲鳴をあげるが名前は違った。俺がちまちまと世話を焼くと恥ずかしそうに笑って「瀬名先輩は優しいんですね、いつもありがとうございます。」だなんて言うのを見たら好きになってしまうのは必然だったと思う。俺を理解してくれるのはこの子しかいない、そう思った。
ただ問題があった。名前は誰に対してもこの調子なのだ。俺だけにならともかく他の男が勘違いしたらどうするの。
俺は名前の行動全てを知りたかった。何を食べたんだろう、今誰とどんな会話をしているんだろう。今どんな顔をしてるんだろう。ああ。俺が知らない時間の名前が居るのは勿体無い。

「瀬名先輩?」

ひょこりと視界に入る愛らしい名前に一瞬固まる。心配そうに俺を見上げるのを見て折角一緒に居たというのに何をしてたんだと自分に腹が立った。

「ごめんねえ、ちょっと考え事。」

くしゃりと頭を撫でれば幸せそうに笑う。ああ、これはダメだ。こんな顔を誰かに見せてはダメだ。俺以外に見せてしまうのはダメだ。ぐるぐるとどす黒い気持ちが心を覆うがいきなりそんな事を言えば名前は驚いてしまうだろう。

「これ、名前にあげるよ。」

ボールペンをほら、と差し出す。これは電池式の盗聴器だった。電池を変えられるところは特殊なネジで取り外しを出来る代物で開けようと思わなければバレることはない。流石に名前の自宅の様子は分からないだろうがこの学園で生活してる様子ぐらいは分かるようになるだろう。インクが無くなったら持っておいで、と笑いかければ嬉しそうに受け取った。

「え、いいんですか?瀬名先輩って本当に優しい…!遊木くんたら先輩の優しさに気づけないなんて酷いですよね。」

「名前はそう思う?」

はい、と元気よく答えてくれたところで昼休みの終わる音が聞こえる。そろそろ戻らないと午後の授業に間に合わない。二人きりのこの時間が終わってしまうのは名残惜しいが俺には名前の様子を知れる道具がある。胸ポケットに入れられたそれを見て自然と口元が緩んだ。


午後の授業は現国のようだ。論文の授業だろうか難しい言葉が聞こえる。

「ねえ、明星くん。」

小さな名前の声が聞こえた。授業中におしゃべりという申し訳なさが滲み出ていて彼女の真面目さが伝わる。

「なに?」

「今日の放課後の事なんだけど、予定大丈夫?」

話の流れ的にトリスタの明星スバルくんと出かけるらしい。二人だろうか。いや二人きりじゃなくても許せない。俺は名前との時間を取ろうと昼休みに時間を割いたり名前の知らない時間がないようにと色々方法を模索してるっていうのにあんたは俺を裏切るの?

「大丈夫!サリ〜もウッキ〜も大丈夫みたいだよ。ただあんずとホッケ〜はダメみたい。」

そっかあ、と残念がる名前にもやもやする。なんで俺を誘わないわけ。昼休み一緒に居たよねえ。俺がどれだけあんたのこと考えてるかなんてちょっと考えたら分かるでしょう。それともわざと?俺に嫉妬してほしくてそんな予定をつくっちゃうのかなあ?はあ、ほんと可愛いんだから。


放課後4人で買い出しをしているのを後から追いかける事にした。バレないように慎重に携帯カメラで名前の愛らしい姿を撮っていく。髪を後ろに流す仕草が普段の子供っぽい表情とのギャップで最高だし、何よりもスカートから伸びる白い脚にはあ、とため息がでる。あの真っ白な脚に歯形を付けたい。気がついたらカメラの容量がギリギリになってしまっていた。
無事に名前が帰宅したのを見届けるとコンビニで今日の写真を2枚づつ印刷する。なんで2枚かだなんて決まってる。1枚はあいつにあげるのだ。俺が撮ったんだから最高に可愛い瞬間ばかりだ。それを名前が見ないのはダメだろう。

「( ふふふ、ほんとに可愛い。きっと色んな奴に狙われてるだろうから、俺がしっかり守ってやらないとねえ。)」

家に帰る途中で買った名前が好きそうな便箋に写真を入れる。ちゅ、と写真にキスをした。写真だというのに名前は可愛くて愛しくて仕方がなかった。写真の名前の脚をなぞる。ぞくり、と背中が粟立つ。綺麗な脚のラインだ。
次の日名前の下駄箱に昨日の写真を入れた。入らなかった分はロッカーに貼ってあげよう。持参したセロテープを片手に誰もいない教室に入る。ロッカーを開ければ体操着が綺麗に畳まれて置いてあった。月曜の体育の時間からここに置いてあるのだろうか。名前が着た体操着というだけで興奮する。今日は体育があるから無くなったら困るだろう。これを頂くのはまたの機会にしようと作業を再開させる。びっしりと名前の写真が並ぶのを見てはあ、とため息をついた。きっと名前は喜んでくれる。


それから名前の様子は少しだけおかしくなった。俺といる時でもきょろきょろと落ち着かない様子だったり物音に過敏に反応するようになっていった。初めて見るその様子に愛らしさを感じる。

「最近なんだか様子が変だけど、どうかしたの?」

「あ、いや、なにも…、」

隠し事をされた。でも分かっていた。これは俺に心配かけまいとしての事だった。誤魔化すように笑う名前の健気さにきゅう、と心臓が縮こまるような感覚がする。この間から名前の写真を定期的にロッカーや下駄箱に入れてあげている。明日も入れてあげよう。名前の頭を撫でながらそんな事を考えた。


次の日下駄箱に写真を詰めてから名前の様子を見てみようとこっそり様子を伺ってみた。たまにはリアルな反応を見てみたかったのだ。
暫くしてから名前は下駄箱に現れた。初めて写真を入れたあの日からあの子は少しだけ早めに登校してくるようになったので辺りには誰もいない。靴箱を開けると動きが固まった。震える手で封筒を取り出すと中身を確認する。短い悲鳴のようなものをあげるとしゃがみ込んだ。

「……きもちわるい、」

きもちわるい。気持ち悪い?どうしたのだろうか。具合でも悪いのだろうか。声をかけてあげないと。

「名前どうしたの。」

「……え、瀬名、先輩、」

こんな早くにどうしたんですか、と言うと封筒を隠すように抱え込む。

「おはよう。体調悪いようだけど大丈夫なの?保健室行く?」

「あ、いえ、」

辺りに視線を彷徨わせる。

「…ねえ、その写真、よく撮れてるでしょう?」

喜んで欲しくてさ、と続ければ名前の背中が震えた。信じられないものを見るみたいな顔を俺にむける。その顔、初めて見た。やはりこれだけ名前の色々な表情を知るのは俺しかいないだろう。
同じ目線にしゃがむと頬を撫でる。すべすべした頬は寒さで少しだけ乾燥していた。

「これ、先輩が、」

怯たような顔をする名前にぞくりと背中が震えた。ああ、可愛い。一生、面倒見てあげないと。俺がそばにいてあげないと。ずっと守ってあげるからねえ、感謝してよ、名前。
ひくりと名前の喉が鳴った。