瀬名くんとは小さい頃バレエ教室で出会った。一緒に主役やったり自主練をしたり結構仲が良かった方かと思う。奇跡的に家も遠くない。瀬名くんがお仕事ない時は学校は違うが放課後遊んだこともいっぱい有る。今はそんなことも無くなって疎遠まではいかないが瀬名くんからの連絡で細い交友関係を保っているような状況だ。
丁度携帯が瀬名くんからの連絡を告げたところで画面を開くと瀬名くんが表紙の雑誌の写真だった。ふむ、こんな顔だったかな、と眺める。やはり整っている。

「さてと。」

瀬名くんはバレエの教室を辞めてしまったけど私はまだしぶとく教室に通っている。今日はレッスンの日で支度をすると家を出た。電車に乗ろうと駅に到着すると偶然にも瀬名くんに会った。目がバッチリ会ってしまったので何も言わないのも変かなと声をかける。

「瀬名くんお久しぶり。元気?」

「……元気だけど。」

そっか、と私は手を振るとまたねと去ろうとする。がっしりと襟元を引っ張られ慌てて立ち止まると何事かと後ろを振り返った。

「え、なに。」

「………いや別に。」

「………?そう、ええとじゃあこれで…?」

後ずさりするように離れようとすると再び呼び止められる。

「……あんたに渡したい物があるんだけどいつ渡せばいい?」

「渡したい物?今日レッスン終わったら瀬名くんのお家に取りに行こうか?」

瀬名くんは私の装備を見てやっとレッスン前だと気づいたらしい。何時に終わるのと問われ19時、と返せば迎えにいくとのこと。

「え?いいよいいよ。」

「煩い。バイクの方が早いから迎えいく。教室移ってないんでしょ?」

うん、と頷いた私に絶対待ってるように念を押すと踵を返して去っていってしまう。瀬名くんの有無を言わさぬ様子に渡したい物とはそんなに大事なものなのかと考えてみたが分からない。
渡したいものとは、なにか。そんな調子だったため、レッスンに集中出来ずに怒られてしまったのは仕方ないと思う。だってあの瀬名くんが他人に何を渡すの!誕生日でもないしそもそも会ったのも久々だっていうのに。読めない。
レッスンを終えて気がついた。私、いま、すごく汗臭いきがする…!!教室のシャワーを借りようにももう19時になる。そんな時間は全くない…。

「(仕方ないか。)」

荷物をまとめると私は少し前髪を直す。バタバタと走り回る私を先生がはしたないですよ、と窘める。小さい声でごめんなさいと呟くと教室のちびっこから笑い声が起こった。


外に出るとバイクに寄りかかるようにして立ってる瀬名くんが居た。まあ、約束してたし居るよな、と駆け寄る。

「大変お待たせしました。」

「ほんと遅いんだけど。俺を待たせてるんだからさあ、さっさと出てきなよ。」

えー!瀬名くんが急に約束取り付けたんじゃん!と文句を言えばスルーされヘルメットを投げられる。
おずおずと跨ると瀬名くんはバイクを発進させた。けっこう風とか来るのかなと思ったけど瀬名くんが風除けになってくれてるようで思ったよりは風は来ない。ただ、寒い。


「ほら、上がって。」

久々に訪れた瀬名くんの自宅に私は気圧されてしまった。大丈夫だろうか、ファンの子とかに始末されかねない状況なのではないか。

「渡したいものってなに?」

問いかけると不機嫌そうな顔を作る。どういう顔なのそれ…。まだ聞くなってことか…?

「余計なこと言ってないで、さっさと来な。ていうか、なんで上がってこないわけ。」

「渡すだけなら玄関先で済むと思った…。上がった方がいい…?」

視線がそうしろ、と言っているので私は靴を脱いで瀬名くんの後に続く。奥から瀬名くんのお母さんの声がしてお邪魔します、と声をかける。

「あら、名前ちゃん!?あらあらあら、うちに来るのは久しぶりねえ。」

「ご無沙汰してます。突然すみません…。」

よかったらご飯食べてってなんて言われても私は曖昧に笑い返すことしかできなかった。
瀬名くんの部屋はもちろん片付いていて清潔感しかない部屋だった。前にお邪魔した同級生の男の子の部屋とは大違いだ。

「片付いてるんだね。」

「当たり前でしょ。」

「男の子の部屋はどこも散らかってるんだと思ってた。」

「………誰と比べてるわけぇ?」

再び不機嫌そうに揺れた瞳に慌てて弁解をする。以前勉強会をした時にお邪魔した同級生の部屋の話だよ、と言うとふん、と顔を背けられてしまう。なんで私は弁解してるんだろうか。

「これ。」

瀬名くんに渡されたのはチケットのようなもの。いや、チケットだった。単独ライブと文字が踊るそれにKnightsと書いてある。

「Knights?」

「はあ?俺が所属してるユニットって前に教えたよねえ!」

「ご、ごめん!」

なるほど瀬名くんの出るライブのチケットのようだ。これをくれたということは来い、どのことだろう。日付を見ると特に予定のない日で 行くね、と伝えればやっといつもの瀬名くんの顔になった。

「瀬名くんがこういうの出る所って初めて見るかも。バレエの発表会は一緒に舞台たってたしね。楽しみだなあ。」

「あっそう。」

それを見ながら何となく寂しい気持ちになる。しばらく疎遠だったとはいえ、昔なじみの子が遠くに言ってしまう感覚。

「全然連絡取ってなかったのに私にチケットくれるなんて驚いた。」

「………あんたが連絡よこさなかったからでしょ。たまにはあんたからもなんか送ってくれば。暇だったら返してあげるから。」

「えー!瀬名くん忙しそうだし大丈夫だよ。」

その途端ずい、と詰め寄られる。頬を潰されるようにして掴まれる。あー!私、今変な顔してる!

「つべこべ言わずに定期的に連絡しろ。」

無言で頷くと瀬名くんはすぐ離れた。瀬名くんの真意は分からないが定期的に連絡しなければまた怒られるぞ、と長年の経験から分かった私はせめて月一連絡を心に決めた。瀬名くんは私に手を差し出す。

「夕飯、食べていくでしょ」

嫌とは言えないので頷くと私の手を引いてリビングに通してくれる。食事をしながら瀬名くんのお母さんによって瀬名くんが私の発表会に欠かさず来てくれてることを知ってしまった。それによって彼の機嫌が悪くなったのは言うまでもない。
そして初めて見るステージ上の瀬名くんにドキドキしてしまう羽目になるのはまた別の機会に。