「明日、水族館に行かぬか?」

「え?水族館?」

軽音部の部室で先輩にアドバイスを貰いながらうんうんと唸って作業をしていると唐突にそんな事を言いわれ驚いた。

「先輩が水族館ですか。めちゃくちゃ似合わないですよね。」

「う。まあ、そうなんじゃけども…。だめかの?」

しゅんと困ったように眉尻を下げられては私も慌ててしまう。いやいやいや、先輩だって魚見たいときだってあるよね!ごめんなさい!

「というか私なんかでいいんですか?あんずちゃんじゃなくて?」

「名前の嬢ちゃんと行きたいと思ったから誘ってみたんじゃが…。」

私と、と言われて感動をした。私と。あんずちゃんとじゃなくて私と。ふむ、それは嬉しい。私はいいですよ、と返事をする。先輩は安心したように明日は10時に駅に集合と言い放った。けっこう早いなと思いながら心配になる。

「え?先輩朝から大丈夫なんですか?夕方からにしません?」

「帰るのが遅くなるかと思ったんじゃが、平気かの?我輩頑張ってみるが…。」

「うーん、15時とか…?どうですかね…?」

そうじゃな、と先輩は腕を組んだ。

「我輩の体質を考慮してくれるとはやはり嬢ちゃんは優しいのう。こう、優しさが体に染みるわい。」

くくく、とこれまた独特な笑い方をするのを横目で見ながら私は明日何を着ていこうかと考えていた。



15時に駅集合、ということで私はゆっくりと起きてゆっくりと準備をした。お化粧、どうしようかと悩んだけど先輩とプライベートで会うと思うと見劣りしてはいけないなあ、といつもより入念に鏡と向き合う。あんな整った人の隣を歩くんだから…!と何度も何度も鏡を見て服とのバランスを見て……なんてしたもんだからわりとギリギリになってしまった。
駅に着くと先輩が欠伸をしながら壁に寄りかかっていて道行く女の子がチラチラと見ている。なるほどやはり目を引くんだなあ。

「……、」

しばらく遠目から眺めていたら先輩がこちらに気がついた。ばっちりと目が合うとにこりと笑って近寄ってくる。

「なんじゃ、来ておったんじゃな。」

「はい、先輩は遠目からでもかっこいいんだなあと思って眺めてました。」

「え、」

ぱあ、と花が咲いたように笑うのを見てこの人でもこんなふうに笑うんだなと考える。今後、こういうギャップみたいなのは使っていけないだろうか。

「先輩が言ってた水族館、17時からナイトアクアリウムになるみたいですね。」

「ないとあくありうむ、」

とは、と言いたげに投げられる視線に私も困った。名前は知っているがどう言ったものかは全く説明ができない。なんか綺麗らしいですよなんて適当に返すのも…、と携帯を取り出して調べる。ナイトアクアリウムとは。

「いつもの水族館と様子が違うそうです。」

「なんとも曖昧な…」

折角ですし、どうします?と先輩を見上げれば少しだけ考えた後に 今から行くなら17時はまだ水族館にいるだろうという結論になった。



水族館は久々だった。少し薄暗い館内はまだ少しだけ混んでいた。みんなナイトアクアリウム目当てだろうか。イマイチちゃんとわかってない私は朔間先輩と水槽を覗き込んだ。

「魚ってみんなちょっと間抜けな顔しててかわいいですよね。あっ、この魚派手すぎません?羽風先輩って名前にしましょう。」

「そうじゃのう、きれいじゃのう、」

さっきからこんな調子で全く話が噛み合わない!先輩はあんまりこっちを見てくれないし!ちゃんと魚見てます?と聞くとハッとして頷いた。大丈夫か。人ごみに酔ったのかなと声をかけようとして私が人の波に攫われる。戻ろうと手を伸ばすとがっしりと手を握られ引き戻された。朔間先輩は危ないからと私の手を離してくれない。先輩と手を繋いでる!と思うとなんだか形容しがたい気持ちに襲われる。むず痒いというか、恐らく照れている。私はこのハプニングに照れている。

「せ、先輩。」

「…?どうかしたかの。」

「手、手が恥ずかしいです。」

手が恥ずかしいってなんだ!と自分でツッコミを入れながら離してほしいと訴える。

「……….いやでもまた流されては大変じゃし…。」

きゅう、と繋がれた手に力が入る。かっかっとする頬に慌てふためいた。もう一度抗議しようと口を開いた瞬間、小さな歓声があがった。照明が絞られ更に暗くなった館内とぼう、と照らし出される水槽。ピンクだったり黄色だったり浮かび上がった模様はブラックライトだろうか。とても綺麗だった。

「せんぱ、」

綺麗ですね、と言おうとして先輩の横顔が目に入る。黒いつややかなくせっ毛は光に照らされ目元も照明の移動によってキラキラと輝いている。1枚ブロマイドを出せそうだとぼんやり考えていたら先輩がこちらを向いた。

「綺麗じゃのう、嬢ちゃん。」

まるで私に言われたんじゃないかと思うくらいの錯覚に一瞬言葉を失う。手を繋ぎ直すと先輩はゆっくり私を引き始めた。
知らない人みたいに絵になる先輩に私はドキドキと心臓を高鳴らせる。これはもしや、なんて考える勇気は私にはない。