社会人になって2年目。私は2winkと一緒に現場に居た。
夢ノ咲の生徒の大半が所属する事務所に私も流れるのように就職したのが2年前。羽風先輩と色々あったのが4年前。そう考えると月日が流れるのは本当に早いものだ。私はスケジュールを確認しながら二人に声をかけた。今日はバラエティの収録なのだ。
学生の頃から2winkとはウマが合うらしく何かと指名して仕事を一緒にしてくれる。

「( と、いうかこの二人に付き合えるのが私ぐらいなんだろうな。)」

学生の頃から変わらぬトリッキーな動きをする二人を眺めながら後ろを歩く。ひなたくんが私の周りをばたばた動きながらやってきた。

「ねえねえ名前さん!新しい柔軟思いついたんだけどみてくれない?」

「え、なに、」

そういうと私に飛びかかってわけの分からない方向に腕を持って行ってしまう。

「ちょ、ま!!痛い痛い痛い!!ひなたくん!」

こういうところ!こういうところに付き合えるの私ぐらいだからね!?ひぃひぃと声を上げながらギブアップを宣言するもひなたくんは楽しそうに笑っててゆうたくんは見て見ぬふりをしている。ゆうたくん後で覚えてなね。

「あれ?名前ちゃん?」

上から声をかけられてここがテレビ局の廊下だと思い出す。上を見ると羽風先輩が私を見下ろしている。かあ、と頬に熱が集まるのが分かるとひなたくんを無理やりどかして居住まいを正す。そっか今日はUNDEADも一緒だったっけ。

「………相変わらず仲いいんだね。」

「そう見えますか。」

あの頃から全く関係が進んでない私と羽風先輩。まだギクシャクとぎこちない。私は迎えに行くとかいいつつも4年の月日が流れても返事をしていない。

「…俺とは先に進んでくれないのにね。」

急に重くなった空気に え、と顔を上げるが羽風先輩は表情を作り替えてしまった後でいつものようにへらりと笑っている。

「冗談。」

双子が後ろであそび始めた声を聞きながら私は一抹の不安を覚えた。



「ゆうたくんさぁ、もし4年ぐらい告白の返事保留にされたとするじゃん?どう思う?」

「いやないでしょう。そろそろ諦めますよね。忘れてるのかな〜、とか。」

だよね、と私はペットボトルをゆうたくんに渡す。返事をしたい、のは山々なのだ。2年目にしてやっと新人を任せて貰ったり2winkのように私をプロデューサーやマネージャーみたいにして指名してくれたりライブを一緒にやってくれるユニットも増えた。今だ!って思うたびにUNDEADは先に進んでいってしまう。私が追いつこうともがくほど羽風先輩は先に行ってしまい、私はまた立ち止まる。こんなのいたちごっこだし今の私が先輩を迎えに来ました!と胸をはれるほど大した仕事ができてないのだって分かってた。忘れてる訳でもない、先輩が嫌いになったわけでもない、単純な話、レベルがまだ違うのだ。

「名前さんなになに、なんで俺にはそういう話してくれないわけ!?」

「ひなたくんに相談してもまともな答えが帰ってくるとは思えないんだけどなあ。」

酷い!とひなたくんはごろごろと床を転がり始める。そんなことより今日はUNDEADと一緒だよ、挨拶に行かないとと床から引きずり上げ、ゆうたくんも連れて楽屋を出る。ちょうど2個先に控え室があるので二人にじゃれつかれながら歩いていく。私がノックをすると朔間先輩の声が入室の許可をくれた。すると二人は飛び込むようにして転がり込み朔間さん朔間さんとはしゃぎ始める。

「………、」

「………、」

羽風先輩と目が合うと私は頭を下げる。羽風先輩はいつも通り笑顔で手をふって……くれなかった。そのままスマホの画面に視線を落とす。え、と固まる私の横に大神くんが来て耳打ちする。

「なんかしたのかよ。」

「し、してないよ…!」

「あの羽風……、先輩がお前をシカトするとかよっぽどだろ。今日機嫌わりいしお前しか原因考えられね〜んだよ。」

私?私は今日廊下であったぐらいだ。そんな数分の出来事で?羽風先輩のことが分からない。

「わんちゃんとも仲いいんだ。へえ。」

こそこそ話してる私達の頭上に影がさす。にっこりとした先輩の笑顔は少し怖かった。背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

「名前ちゃん、今日収録終わったら集合ね。あ、あの双子送らなきゃいけないとか言うなら俺も同じ車に乗っていくから。」

私が返事をする前に先輩は控え室を出ていった。


収録を終えて私は双子と羽風先輩というよくわからないメンバーと地下駐車場に居た。2人は空気が悪いのを何となく感じたらしく今日に限っては大人しくしてる。普段、助手席はひなたくんの特等席なのだが今日は羽風先輩が使っていた。

「( 非常に気まずい )」

双子を送り届けると車内には先輩と私二人きりになってしまう。

「お家、どこら辺ですか?とりあえず車走らせますので。」

「名前ちゃんさあ、俺はいつまで君のこと待てばいい?」

核心だった。急な話題に黙り込んでしまった私に先輩は あの約束わすれちゃってる?と言った。私は首を振ると深呼吸をする。

「………、ちゃんと先輩にお返事したいとは思ってるんですよ。でも、ええと、」

「俺には微妙な態度しか取ってくれないのにわんちゃんとか他の男とは楽しそうにしてるんだもん。…面白くないんだけどなあ。」

だんだん低くなる先輩の声に機嫌が悪いのが強く伝わる。

「……先輩、待てなかったらもう良いですよ。でも、私なりに努力してみたんです。でも先輩はどんどん先に行ってしまうから追いつけないんです。だからいつまで経っても先輩の前に自信を持って立てなくて。」

4年は確かに長いだろうなあ。ずっと待っててくれた先輩に女性関係の噂は一切立たなかった。女の人の誘いを全部断ってくれてるのも知ってる。

「え?」

「だから私を待ってくれなくても大丈夫です。」

耳が痛くなるぐらいの静寂が訪れる。

「…酷いなあ、そんな簡単に俺のこと捨てないでよ。あーあ。分かってるつもりだったんだけどなあ…。名前ちゃんは真面目だし、今までよりずっと仕事に妥協しなくなったし忙しいのも分かってたんだよ。でも、いざ俺以外の男と仲良く話したりしてるの見ちゃうともやもやしちゃうって言うかさ。」

初めてなんだよ、こんな気持ち。と先輩は続ける。私はどう答えたらいいか分からず視線を彷徨わせた。

「俺はもう待たないよ。」

「………はい。」

「だからさ、もう1度最初からにしよう。 ……名前ちゃん、君のことがずっと好きで忘れられない。好きすぎて待てなくなっちゃった。だから俺と付き合ってくれない?」

………、あれ。先輩の言葉に思わず はい、だなんて答えそうになって口を噤む。視線だけ先輩に寄せるとあの日みたいに意地悪い顔をして私を見ていた。

「仕切り直し。待つのはもう無理だからお姫様を迎えに行こうかなってさ。どう?」

「………ずるいですよね、先輩って。」

少し緊張してる様子の先輩は笑って 返事は?と私に聞いた。分かりきってるくせにと返すと私は深呼吸をした。

「先輩と前に進みたいです。」

「そういうと思った。」

私の腕を引っ張ると痛いぐらいに抱きすくめられる。先輩の匂いに思わず息を飲んだ。

「ずっと待ってた。夢みたいだなあ。」

先輩の幸せそうな声に私は震えた声で「私もです」と返事をした。先輩の肩口を濡らす私の涙はまだ止まらないだろう。