※夢要素ないです
※幼女です


困ったなあ……。
目の前の小さな女の子がじ、と俺を見上げている。俺のようにデカい人間と対峙していても怖がっている様子はないが……。

「ええと……、何か食べたいものはあるかあ?」
「いえ、とくにありません。おきづかいなく」

五歳児、じゃなかっただろうか。あまりにもしっかりした受け答えに思わず「う〜ん……」と唸ってしまう。子供は苦手ではないはずだが目の前の女児には全く隙がない。そう、それが困る。普通の子供が喜ぶ遊びでは絶対に喜ばないだろう。
この状況は遡ること数時間前、顔見知りのスタッフが現場に子供を連れてきていたのでどうしたのか声をかけたのが始まりだった。預け先が全滅し子供を仕事場に連れてくる他なかったとの事。あまり仕事に集中できていない様子でチラチラと子供の方を見ては「おとなしい子ではあるけど目が離せなくて」と笑うスタッフは困っているようだ。そこで子守を買って出た。
しかし、この後はオフだし俺に任せてくれ!なんて言ったのをほんの少しだけ後悔している。

「やあ、三毛縞くん。なんだか面白い状況のようだね」

あまり聞きたくはなかった声にうんざりと顔を上げると思った通り英智さんが立っていた。まあここは寮だし誰かと遭遇するとは思ってはいたがよりにもよって英智さんかあ。
一応子供が一時的に寮に立ち入ることは敬人さんに許可を得ているので問題はない、はずだが隅を突いてくるのが英智さんである。やや警戒しながら漸く笑顔を貼り付ける。

「その子、あまり君に似てないようだね」
「だろうなあ」

お菓子を持つ俺と幼女を見比べて不愉快な笑みを浮かべ、ピリついた空気を醸し出してきたが直ぐに両手を軽くあげる。「な〜んてね!敬人から事情は聞いてるよ♪」とかなんとか言ってどこかへ消えていく。何しに来たんだ一体。
腹が立つなあ、と背中を見ていると下から何かが引っ張ってくる。

「みけじま、あのひときらい?」
「ん〜?そう見えてしまったかあ。そういうわけではないんだが……」
「じゃあなかよし?」
「………なかよしだ!」

子供には汚い感情を見せてはならない。この目の前の子供も健やかに育ってほしい。
この世の中には必要な嘘もある。

「みけじま」
「ママって呼んでもいいんだぞお!」
「いえ、みけじまはままではないので……。あの、あらためてきょうはおせわになります」

なんとも言えない空気が俺たちを包んだ。普通の子供ならばここで高いたか〜い!と持ち上げてご機嫌を取れるだろう。しかしこの子は笑わない気がする。なんとなくだが。
子供と過ごすというだけでこれだけ緊張するのは少々初めてのことでどうしようかなあ、と心の中で唸り声をあげた。

「何か君の好きなことを教えてくれるか?」
「えほんにはまってます」

調子が狂う回答の仕方だなあ…。ここには大きな図書館があったはずだし見に行くか提案したところキラキラと表情を明るくさせて頷いた。うんうん、出会ってから一番の輝きだ!



「ほんがたくさん…」
「絵本の棚、探してみよう!どこかにきっとあるぞお!」
「みけじまよりはやくみつけます」

めら、と対抗心が燃えるさまを見て思わず笑ってしまった。これは年相応に見える。

「みけじま、むずかしいほんしかない」
「うーん、星奏館には子供がいないから当然か…」
「あ、おかしのほん」

ボソ、と呟く声が聞こえて視線を辿ればお菓子作りの本だった。

「ママがとってあげよう」
「……」

もじもじとする様子を見ると興味がないわけではなさそうだ。はい、と渡すと表紙をじっと眺めている。

「お菓子が好きなのかなあ?」
「……すこしだけ」
「少し〜?」
「お、おかあさんとたべるおかしがすき……」

耳まで赤くなる幼女に呆気にとられたがいかんいかんと思い直す。

「はいは〜い!ママから提案があります!」
「みけじまうるさい」

迷惑そうにしていたが俺の提案を聞くと隠しきれないほど目を輝かせた。




「それでは今からママと君でワクワクお菓子作りを始めるぞお!そして出来上がったお菓子はお母さんと一緒に食べるといい」
「みけじまはままじゃないです」

貸し出し用のエプロンを腰にしめると小さな手がそれを引っ張る。

「わたしこれないけどだいじょうぶ?」

不安そうな顔に思わず頭を撫でる。
手のひらに収まる頭部は少し力を入れれば潰れてしまいそうだ。少し恐怖を感じたが気を取り直す。

「今日は君の分はないが大丈夫!美味しいクッキーを作ろう!」
「うん、みけじま、ありがとう」

適当に台に立たせるとすぐに手を洗う。その間にレシピを見ておくことにした。ふんふん、なるほどなあ。材料はそんなに難しいものはない、が料理はそこまでしないので本当に基本のものしかできないだろう。

「あれ、どちら様っすか?」

この声は、と後ろを振り返れば大量の食料を抱えたニキさんが立っている。あの子には食材しか見えていないだろうな、と視線をやれば若干引き攣っているではないか。怖がっているのを感じたので近くに寄る。

「やあ、ニキさん!もしかしてキッチンを使う予定だったか?」
「この声は、三毛縞くんっすか?今、備蓄分の食料を置きにきただけなんで僕のことはお気になさらず〜。よっこいせ、ってあれ?三毛縞くんの子供……?」
「ちがいます」

即答が後ろから聞こえてきて思わず笑ってしまう。

「知り合いの子なんだ。今からお菓子作りをしようかと準備をしていたところだぞお」
「お、いいっすね!何作るんですか?」
「くっきー……」

ニキさんに顔を覗き込まれると小さな声で返事をする。ふむ、俺の時にはそんな反応しなかったのになあ。

「いいっすね〜。あ、よかったら僕もお手伝いするっすよ。この後予定もないし!そして大量に作って僕の分も確保っす!」

ちゃっかりしてはいるが料理の勝手がわかる人間が加わるのはかなりありがたい。

「仲間が増えたぞお、よかったなあ」

そう声をかければ こくん、とふわふわしたほっぺが揺れた。


ニキさんが主体となってクッキー作りは始まった。さすが本業は料理人!と自分で言うだけある手際だ。料理人とパティシエは違うのかもしれないがニキズキッチンではデザートも作っているのを見かけるしバランスよくなんでも作れる人なんだろうなあ。
二人は仲良くオーブンの前で話し込んでいる。

「うさぎの形、上手に焼けてるっぽいっすね〜」
「……ほしもきれいにできてます」

まだ細く柔らかそうな髪がオーブンの暖かな光に反射して気が抜けてしまう。顔は見ないが声色で楽しそうなのが伝わってくる。

「お母さんに持って帰る分はラッピングして渡すんで一緒に詰めましょうね」
「……?うん」

ラッピングの意味がわからないようだ。まあいいか、と外を見ていると出来上がったようではしゃいだこえが聞こえる。

「美味しそうなクッキーが出来上がったっすよ〜♪あ、まだ熱々なんで触ったら危ないっす!」
「が、がまんできます!」

ニキさんは出来たての熱さに慣れているのかささっとクッキーを取り分けていく。あれはあの子のお母さんのだろうか。
コソコソと何か二人でしているが大したことはしていないだろう。

「ほい、ラッピング完了っす。あとは僕らでたべちゃいましょ〜!飲み物何がいいっすか?三毛縞くんは僕と同じ紅茶でも?」
「おれんじじゅーすがいいです」

俺がなんでもいいという気を込めて笑いかけるとニキさんは「オッケ〜っす!」と丸を作った。

「クッキーは冷めても温かくても美味しいっすからね!風味を馴染ませるために一日置くのがメジャーっぽいっすけど個人出来には焼きたての柔らかいクッキーも最高なんすよ♪」
「にきものしり」
「なはは!小さい姐さんもほら、ちょうどいい温度になったんでどうぞ」

小さなお茶会が始まった。



お茶会が終わりを迎えそうな頃、ニキさんが小さな頭に近づいて何か耳打ちをした。
ん?と視線をやるともじもじと俺に近づく小さな影。

「はい、あの、みけじま。あしたたべて」

俺の前にがさ、と音を立てて置かれたそれには不器用なリボンがくくりつけられている。

「さっき にきがおしえてくれたの。みけじまきょうはあそんでくれたのうれしかったからおれいです」

む、としている顔はおそらく照れ隠しなんだろう。
ニキさんには既に渡してあるようで手元に小さな包み紙があるのが見えた。
小さな紅葉みたいな手がぎゅ、と拳を作っているのをぼんやり眺める。記憶の彼方の妹を思い出すようで不思議な気持ちだ。

「みけじま、またあそんでね」

ぺたぺたした話し方が陽だまりのようで暖かなものが広がる。

「……ああ!またママと遊ぼう!」