※暗いです
※青葉の母親について捏造してます

あ、やばい今すぐ死にたいかもしれない。
中学三年生の私は急にそう思うことがあった。なんだと言われるかもしれないがこう思うことは息をするよりも頻繁にあった。
昔にあった嫌なこと、恥ずかしかった、ああすれば良かった、こうすれば良かった。そしたら嫌な顔されなかったんじゃないかと思ったり親との不仲を考えた後にふんわりとやってきたりする。
当時のあの一瞬を私は昨日のことのように思い出せる。それぐらい私の支えになった出来事だったのだ。



あの日は青葉くんと一緒に図書委員の仕事をしていた。生徒の気配も薄れた放課後。返却された本の整理をしていたと思う。そんな時に例の症状が勢いよくやってきてしまった。

「しにたい」

思わず口から出てきた言葉を戻すかのようにパチン!と口を押さえる。
放課後の静まり返った図書室。私はそっと隣を見た。眠そうにも見える垂れ目が私を捉えているではないか。
やってしまった。そう思っても後の祭りだった。

「え?」

同じクラスで同じ委員会の青葉つむぎくん。
おっとりなのかぼんやりなのかわからないけど落ち着いた雰囲気の同級生だ。周りの男の子がお猿さんに見えるほどである。そしてなんとなく影がある笑顔を作る時がある男の子。

「あ、ごめん……、変な事言っちゃった」

「いえ、驚きましたけど大丈夫ですよ〜」

あはは、と私が誤魔化すように笑うと青葉くんは私と対になるように穏やかに笑った。
私は居心地が悪くなり視線を落としてスカートをいじる。しっかりとしたプリーツがなんだか私には不釣り合いなものに見えて脱ぎ捨てたくなった。

「あの、俺でよければ話を聞きますよ」

急な提案に えっ、と私が顔を上げると夕陽を背中に背負った青葉くんが相変わらず穏やかに笑っていた。
空気の入れ替えのために空いている窓からぬるっと風が入ってきて薄いカーテンが緩く揺れる。にこ、と穏やかな笑顔を浮かべる青葉くんに私はなんとも言えない気持ちになっていた。

気がついたら私は人生に希望がないこと、家族と上手くいってないことなどを洗いざらい話していた。青葉くんは私の話に一言も挟むことなく聞いていてくれていたと思う。
青葉くんは優しい人なんだと初めて知った。一通り話し終えると後は私の嗚咽だけが響く空間が残る。

「落ち着きました?」

目の前に差し出されたハンカチと青葉くんを交互に比べると私はすんと鼻を鳴らした。

「どうぞ、使ってください」

戸惑っているとまた笑顔を作ってハンカチを私の手に収めた。本当によくできた同級生である。

「あ、ありがとう……」

いいえ、と青葉くんはつぶやいて私が泣いたことで中断していた作業を再開した。あ、この本も返却されてないですねなんて困ったような反応をしている。

「じゃあこの本返してきますね」
「あ、う、うん」

何事もなかったように数冊持って席を離れた青葉くんに申し訳なくて両頬を叩くがなんだかメンタルは戻ってきてなくて気分は最悪だけど泣いた分はスッキリしたような気もする。
今更だが大泣きながらそこまで親しくもない相手にペラペラ自分のことを話してしまった事が恥ずかしくなってきた。時間を巻き戻せないだろうか。
青葉くんの気配がしたのでそちらに目を向けると暮れ方の空を背景にしてこちらに向かってきてた。青葉くんの座っていた方の窓がまだ開いていて秋の薄寒い風が入ってきた。
よいしょ、と青葉くんが私の隣に着席する。

「これで今日のお仕事は終わりです」
「う、うん。なんか全部任せちゃってごめんなさい」
「いえ、俺も個人的な事情をたくさん聞いちゃいましたね。俺の母親もよく同じようなこと言うんですよ。そんなこと考えちゃう時って苦しいですよね」

青葉くんの言葉はゆっくり脳を揺らした。
そんな言葉をかけてくれたのは青葉くんが初めてで再度目頭が熱くなる。
ぶわり、と大きな風が吹いて青葉くんの横のカーテンが大きく浮かんだ。滲んだ視界にちらほらと星空が浮かんできているのが見える。薄いカーテンは夕焼けの残火を透かした。青葉くんにかかるように大きく揺れるカーテンが聖母のベールと一瞬錯覚する。

「もし本当に限界が来たら俺がきみを殺してあげますね」

小さく聞こえたのは幻聴なのかと思うほどに青葉くんは穏やかだ。
私が崇拝に近い形で青葉くんに好意を持ったのは余程ちょろい証だろう。



そして数年経った今。私は都会の交差点の大きな液晶に映って幸せそうに笑う青葉つむぎを見上げていた。あの頃の影のようなものは一切なく仲間とにこにこ歌っている。体が震えて無意識に唇を噛み締めていたのは口の中に鉄の味が広がった瞬間に気がついた。置いていかれた。そんな言葉が脳裏を掠める。
あの時私を殺してくれると言った青葉くんはもうこの世界にカケラも残っていないと解ってしまって胸が焼けるほどに苦しい。

「嘘つき」

恨めしそうに液晶を睨みつける私を大勢が追い越していった。