※ミッドナイトの二人成人してます
※いつものノリで凛月がま〜くんと結婚!というワードを出します

「ま〜くんてさ、プロポーズする時に薔薇の花束持って来そうじゃない?百本のベタなやつ」

朔間先輩の急な言葉に私は飲んでいた水が気管に入ってむせた。え、なんて言いましたか??

「ごほ、あの〜、え、なんですか」

「だからぁ、プロポーズ」

そろそろなんじゃない?とにやにやされるので私は口をへの字に曲げた。
真緒くんとお付き合いを始めてもう八年が経っているのでそろそろなんじゃないのと周りにもよく囃し立てられるがそんなことを言う人は彼の職業を考えて欲しい。まだまだアイドルとしてキラキラ輝いていく時期の結婚なんて私は望んでいない。

「………先輩、もしかしてですけど…そんな話をするために私を食事に誘ったんですか?」

「そんな話?ま〜くんと結婚するのはこの俺のはずだったのに……。よくもそんな話なんて言えたね……?」

私たちにはお馴染みの茶番に思わずため息をつく。

「はいはい、すみません。結婚、ですよね。結婚はまだ早いと私は思ってますしそういうワードも私たちの間に出たことないですよ」

私たちはこんな世間話をしながら朔間先輩の実家で食事をしている。先輩も大人気アイドルなのでどこかで気軽にご飯を食べられなくなってしまったのは寂しいことだ。個室とかあるけどその時は少々値の張るお店が殆どで朔間先輩の奢りになってしまう。毎回私が恐縮しまくりなので最近は外食はほぼない。
なので先輩に呼び出される際はこんなふうにして会っている。これに関しては真緒くんも知っているしたまに真緒くんも参加するが今日は姿が見えない。多分だけど今日は忙しいのだろう。

「でもさ、名前の周りはもう結婚とかラッシュ始まって来てるでしょ。気にならないの?」

「私、そこまで友達多くないですしさっきも言ったように結婚を急いでないんです。仕事も忙しいので……。それにそんな事言い始めたら朔間先輩だって結婚したいなあとか思わないんですか?」

「俺の周りはアイドルばっかりだもん。ラッシュ始まってすらいないよ。それは置いといて名前この間、同僚に告白されたんだって?」

「え!な、なんで知ってるんですか?」

思わず大きな声が出てしまうが朔間先輩はパスタをくるくるすることに集中しているので私の方を見ない。

「そりゃあ居る業界が似通ってるし?名前は最近有名人だよ」

有名………?と私は首を傾げる。
私はピアノをしていた関係で耳が良かったので現在は音響関係の仕事に就いている。真緒くんと出会う前の私が聞いたら泡を吹いて倒れていただろう。アイドルだけではなく華やかな人たちと多く関わる業種だしあの時の私の未来の選択肢には絶対にあり得なかった。

「私、仕事でヘマはしてないと思いますけど……」

「そうじゃなくて名前さ、最近ちゃんと人間と関わることができてるし仕事できる方らしいし正直人気あるんだよ。それはもう俺の耳にも届くくらいにね」

「………、」

私の様子を見て朔間先輩はまたにやりとした。この顔やっぱり意地悪だなあ……。
良かったね、モテ期だよと言われても反応に困ってしまう。今までそういう経験がないし実感がない。

「う〜ん、それ本当ですか?もし本当だとしても信じられないんですけど……」

「あんなに根暗だった名前にモテ期かあ……。お兄ちゃんは複雑だなあ」

お兄ちゃんて、と私はパスタとソースを絡める。確かに先輩にはお世話になったけどお兄ちゃんではないし………。
それに先輩だって根暗のくせに。

「で、本当に結婚願望ないの?子供欲しいとかさ?ま〜くんはちゃんと言わないとわからないよ?」

「だから、本当にないんですよ。真緒くんのお仕事の関係もあるしそれを考えると早すぎます。もう何もアイドルのことを知らないってわけではないので急いでないです。子供のことだって今は三十代で出産する方もいますし真緒くんももしかしたら私じゃない人と結婚するかもじゃないですか。朔間先輩、結婚ってすごく大きな決断ですよ?真緒くんだってちゃんと考えた時に私より別の子と結婚したいって答えが出る可能性だってあります。芸能人の結婚ってやっぱり色々あると思いますから、」

「いやちょっと名前さん!!?」

ばん!と派手な音を立てて扉が開く音がした。思わずフォークを床に落としてしまう。心臓がバクバクして呼吸が乱れた。この声は。
恐る恐る朔間先輩の背後を覗き見ると変な顔をしている真緒くんが私を見ていた。

「ま、真緒くん?」

「俺はお前と結婚したいから!」

真緒くんの言葉に私から変な汗がどっさり出た気配がする。
朔間先輩がキッチンに消えていくので私は真緒くんに座るように伝えた。多分朔間先輩は真緒くんのパスタを取りに行ったのだろう。そういえば残りが台所にあったような気もする。

「あの、真緒くんいつからいたの…?」

「……最初からですけど?」

珍しくむす、とした表情なので流石に慌ててしまう。先輩がキッチンでごちゃごちゃとしているのを感じながら真緒くんをチラと見る。

「真緒くん、もしかして怒ってる?」

「………怒っている」

「そ、そう。あの、もしかして私に結婚についてどう思ってるか聞くように先輩にお願いしたりなんかした…?」

「こんなこと言われるなら自分でちゃんと聞けば良かったよ」

やれやれと言いたげなため息である。
真緒くんと私は主に私の言葉足らずでスレ違いなんてものはあったけど喧嘩はしたことがない。真緒くんは私に対して怒るということをしたことがないのだ。
それがここに来て怒っている。なぜ怒ってるのか私には理解できなかった。

「名前はさ、俺が名前じゃない人と結婚するかもって本当に思ってるのか?」

「………この業界にいて思うけど、やっぱり綺麗な人って多いし私なんかより素直でいい人だってたくさんいるわ。正直、いつ真緒くんにさよならって言われてもおかしくないと思ってます」

「だ〜っ!なんで名前はそう自己評価低いんだよ…!そんなのあるわけないって!俺は今すぐに結婚したいって思ってるぐらいなんですけど!?」

「そ、そうなの……?」

じろ、と私を見ると全開になっているおでこを抑えた。呆れと言う文字が見える気がする。
真緒くんの珍しい態度に私はいよいよ困ってしまった。そう思ってくれている相手にさっきの言葉はよくなかった。だんだん私が真緒くんに対して失礼なことを言った、と言う事実が理解できて小さく震えた。

「あ、あの真緒くん」

「…………ナンデスカ」

「ごめんなさい…。やっと理解できたんだけどとっても失礼なことを言ったわよね。ええと、真緒くんのことを信用してないわけではなくて……同性の私から見ても魅力的な人が多い業界だから…あの………」

ごめんなさい、と口の中で呟けば膝の上に置いていた手を柔らかく握られる。

「俺も凛月に聞いてもらうとかまどろっこしいことしなきゃ良かったよな、ごめん。でももう二度とそういうことは考えないでくれ、心臓が痛い……」

真緒くんはとてつもなく優しい。それはもうこちらが申し訳なく思うほどに。
ほっとしたように笑った真緒くんに私もやっと肩の力が抜ける。

「痴話喧嘩終わった〜?」

先輩が様子を伺いながらほかほかのお皿を持ってやってくる。

「凛月もごめんな!名前の本音聞いて欲しいとか変なこと頼んじゃってさ」

「いいけどさあ、言った通りでしょ?名前くんはま〜くんのことが好きなんだから他の男のところなんて行かないよ」

朔間先輩の言葉にぎょ、として真緒くんを見つめる。バツが悪そうに頬をかいてるのを見て思わず笑ってしまった。

「確かに心変わりを疑われるのって寂しいかも、ね、真緒くん」

先に心変わりを心配したのは真緒くんだったのね。
真緒くんは先輩が持ってきたパスタを慌てて口に詰めていく。私は思わず笑っていた。



先輩とのランチ会が終わって真緒くんにドライブに誘われた私は助手席に座って外を見ていた。
真緒くんは景色がいいところがあるんだぜ!と楽しそうに私に教えてくれたり発表されたばかりの新曲の紹介をしてくれたりと楽しそうに見える。私も楽しくて最近の仕事の話をしたり同僚の子が氷鷹くんのファンということを話したりと穏やかな時間を過ごしている。
車が駐車場に入ってブレーキをかける音が聞こえた。
車を降りると夏だというのに涼しい風が体を通り抜けていく。

「ここ、涼しいだろ?近くに湖あるんだってさ」

「そうなの?素敵な場所ね」

「天然氷のかき氷の店も近くにあるらしいし、帰りに寄ってみるか?名前、この間かき氷食べたいとか言ってたよな?」

確かに言った覚えがあるが本当にサラッとした会話の流れだったはず。
小さな会話の内容もしっかり覚えてくれている真緒くんにキュ、と心臓が引き締まる感じがした。真緒くんのこういうところが私をいつも新鮮な気持ちにさせてくれる。

「行こうぜ」

真緒くんの背中を見ながら私はゆっくり歩を進めた。私たちは外で手を繋ぐことはない。
石段を降りながら真緒くんが私をチラチラと見上げてくるので私は大丈夫よ、と手を小さく振る。周りの草木の匂いが澄んでいて心地がいい。
木のトンネルを抜けるともう大きな湖が見える。
水面がキラキラとしていて綺麗だ。ボートを貸し出している場所があるのか二組ほどが湖の上で笑い声をあげたり悲鳴をあげたりしている。眩しくて目を細める。

「名前?」

数歩先で真緒くんが私を見ている。丸い目が帽子に隠れてしまっていて残念に感じる。とても綺麗なのに影ってしまっている。
学生の頃より逞しくなった腕が私に伸びる。腕を掴もうとして固まる。外で体を触らないというのは私たちで決めたルールがあるのでそれを思い出したのだろう。

「体調悪い?」

「違うの!あまりにも綺麗だからついつい見入っちゃっただけ」

「そっか、良かった」

真緒くんはヘラ、と笑ってあっち行ってみようと歩き始めた。私も後を続く。帽子に襟足を押し込んでいるのでうなじがよく見えてしまって目をそらした。好きだなあ……。
湖を一周したり近くにあったアスレチックで遊んだりかき氷を食べたりと気がついたらもう空がオレンジ色になっていた。
湖に足をつけて遊んでいた真緒くんが大きく伸びをして小さく呟く。

「そろそろ帰るか〜」

私は名残惜しくて少し間を開けてから頷いた。
石段を上がっていくときは私が前を歩く。真緒くんの配慮だ。
車に乗り込むと真緒くんはブランケットとってくる、と後ろに回った。私が冷房に弱いのを知っているからだろう。

「名前」

「な、何……?」

おかえり、と言おうとして別の言葉が出た。目の前に大量の薔薇が広がっているのだから驚きもする。

「え?」

「あのさ、約束が欲しくて、」

「や、約束……?」

狭い車内と薔薇と大人二人。真緒くんの顔はほぼ見えていない。
この空気はただごとではないのがわかった私は真緒くんの顔が見たくて仕方なかった。

「ま、真緒くん。きっと大事な話をしようとしてくれているわよね…?顔をちゃんと見て聞きたいんだけどだめかしら……」

「え!あ、そ、そうだよな!ええと……車の外出るか……はは、緊張しちゃって気が利かなかったな」

無言で車の外に出る。
ま〜くんって薔薇の花束でプロポーズしてきそうだよね、と言った先輩の言葉を思い出して腕をさすった。

「さっきも言っちゃったんだけど名前との確実な約束が欲しいと思ってる」

「………確実な約束」

「名前さん、俺と結婚してください」

ずい、と花束を渡された私は思わず息を呑んだ。
初めて感じる多幸感に足元が崩れそうになったのをなんとか踏みとどまる。

「真緒くんは私でいいの?」

「名前がいい」

食い気味に返ってきた言葉に鼻をすすった。
そう、と私は花束を受け取る。思ったより重くて赤ん坊を抱くようにして抱えた。

「真緒くん、私と結婚してください。もちろん今すぐになんて言わないわ。いくら時間かかってもいいから真緒くんの準備が整うのをちゃんと待ってるから」

私の言葉に真緒くんは安心したように座り込んだ。
ふと私が彼に告白をしたときのことを思い出した。今は帽子をかぶってしまってるけどここからは旋毛が見える位置で私は小さく笑ってしまった。

「衣更くん、なんて呼んでた時期もあったわね」

そう言いながら私は真緒くんに目線を合わせるためにしゃがんだ。包装紙が音を立ててあたりに響く。

「真緒くん、確実な約束のためにここに連れてきてくれたの?」

「………そーですけど」

「ありがとう、とても幸せだわ」

私がそう言い終わる前に真緒くんが私を引き寄せる。私がちょっと!と声をかけるけど真緒くんの腕はびくともしない。ここは外なのに!

「今だけ、今だけだからさ」

俺も幸せなんだ、と言う真緒くんの背中を私はさすった。
私を包む体温はなんだか湿っぽかった。