※アクアマリンの2人

「あれ、もうお風呂はいったの?いつもは俺が言うまでダラダラしてるのに珍しいじゃん。」

瀬名先輩がそう声をかけてきたので私はタオルでトントン、と髪を押さえながら「はい!」と返事をした。
なんといっても!!今日は!先輩初主演のドラマの初回。リアルタイムで見る以外の選択肢がない。
先輩が訝しんでいる横でルンルンとマグカップにお茶を注いでソファーへ向かう。録画の準備も出来てるかチェックをして準備万端だ。

「ちょっと!髪乾かしてからゆっくりしなよねぇ。」

「すみません〜…。タオルドライは完璧にやるので…!私には時間が無いんです!」

はあ?と言いたげに時計を見て瀬名先輩は眉を寄せる。何か思い当たることがあったようで口をモゴモゴさせた。

「ああ、今日からのドラマ…。」

「はい、楽しみでお風呂もさっさと済ませちゃいました。」

何やら気まずそうにキッチンで目元を抑えて先輩は あのさあ、と言った。私は相変わらずトントンとタオルで髪を挟む作業をしている。車のCMに切り替わって守沢先輩の声がしたので意識がそちらに逸れる。

「ドラマのあらすじとか、見た?」

「え?はい。見てましたけど…。学園恋愛ものですよね。先輩の制服姿見るの久々なのでちょっと緊張します。へへへ。」

「いや、そうだけどさあ…。」

「それよりこの守沢先輩のCMすごく癖になりません?赤の車乗ってるの似合いすぎてちょっと笑えます。」

「守沢…のことは今ちょっと置いといてくれない?」

まだ何かあるのかと私は少し焦りが入ってきた。ほんともうすぐ始まってしまうので早めに要件を聞きたい。

「一応俺はヒロインと恋愛の絡みがある役でまあ、その…イチャつくシーンとかあるけどいいの?」

「……?はい。」

信じられない、と言いたげな表情に私はまずかったか、と内心ドキドキしてしまう。しかし、瀬名先輩の初主演。絶対にリアタイしたい。恋愛ものなのも勿論わかってる。今のところ問題はないと思うけど。

「あ、もしかして別室で見た方がいいですか?」

「そうじゃない、けど。まあ、もういいよ。」

気恥ずかしいのか?と別室で見ようかと気を使ったが先輩は私を手で制してキッチンからこちらに向かってくる。どっかりと隣に座るとちょうどドラマの導入が始まったところだった。平凡という設定の可愛らしい女優さんが学校を見上げて新しい生活に胸を躍らせている。

「あ、あのさあ、この回、キスシーンがあるんだけど…。」

「そうなんですか!?初主演でキスシーン、緊張しませんでした?」

「なんっで嬉しそうなわけえ!?嫌じゃないの!?」

嫌じゃないの。そう聞かれて数秒考える。そう言われてもドラマのキスは仕事だし先輩は普段からライブでのファンサがすごい。仕事の内容で気にすることがあったら身がもたない。
バスタオルを首にかけると私は唸った。

「いやでも…仕事でのキスとかそう言うのは浮気じゃないし、先輩も一々気にされるの鬱陶しくないですか?」

「それは、まあ、そうだけど…。」

なんだか歯切れが悪くて気になるけどそれより今はドラマだ!もう始まってるのに先輩が話しかけてくるから集中できない。
画面に目をやるとヒロインは友達と楽しそうにしている。明るく社交的。周りに友達が絶えない愛らしいヒロインは眩しかった。こ、これで平凡…!自分との平凡のレベルが違うな、なんて感じているとすぐにテレビから悲鳴が上がって瀬名先輩が現れる。どうやら学校の人気者のようだ。女子生徒全員の憧れ、王子様的存在。原作は少女漫画のようだし割とよくある設定かな、なんて考えていた。ヒロインとは幼馴染で先輩の役がヒロインのことを好きらしい。

「先輩これ原作読んだんですか?」

「一応ね。」

「先輩が少女漫画読むのなんか変な感じ。」

「うるさい。」

ペチン、と太ももを叩かれて思わず「いて」と呟いた。



ストーリーが進んでいって一話の終盤。ヒロインに気になる男の子が現れ瀬名先輩に相談し始めた。画面の中の先輩はやっぱりどこか違う人にも見えてしまう。しかしどう撮られても綺麗だなあ。本当に私の彼氏でいいのだろうか…?
ヒロインが「告白してみようかな、」と呟いた瞬間先輩がセリフを食べるようにしてキスをする。へえ、キスしてる先輩を第三者から見たらこんな感じかあ。ヒロインの目がまんまるになって瀬名先輩と視線が絡む。
もや、と一瞬嫌な感じがして反射的にテレビを消した。ぶつんと画面が真っ暗になって私と先輩が浮かび上がる。呆気に取られた先輩の目が大きく開かれてるのを見てソファーに沈んだ。やってしまった。

「あの…。やっぱりちょっとダメだったかもです…。」

「あ、あっそう…?」

「またキスシーンとかなんかえっちな感じのシーンあった場合見る前に教えていただけますと幸いです…。すみません…。」

そのまま先輩の反対側に倒れるようにクッションにダイブする。髪を拭いていたせいで濡れたタオルが体に押し付けられて冷たい。
え〜、大丈夫と思ったんだけどなあ。泣いちゃう!なんでよ!!とかそう言うのはないけどこのモヤモヤ、なんだこれ。

「へえ?可愛いところあるじゃん。嫌だったんだ?」

「実際見る前は仕事だし平気でしょ、と思ってたんですけどすごいモヤモヤします…。めんどくさい女で本当にすみません…。」

私が落ち込んでいるのを先輩は愉快に思っているように感じた。トントン、と再度太ももを叩かれる。

「いいこと、教えてあげようか?」

「ええ…?なんですか。めちゃくちゃご機嫌じゃないですかあ…。」

「これキスしてるフリだから。」

え!!!と私が上半身を起こして先輩の方を見ると「ふふん」という効果音がつきそうなほどご機嫌な先輩の瞳とかち合う。想像の数倍ご機嫌の様子。
組んでいた長い足を解くとゆっくり私の方に影を落とした。

「嬉しいでしょ、名前?」

「ぐう、」

「あ!コラ何寝たふりしてるわけ?!こっち向きな!」

悔しい私はクッションに逆戻りして寝たふりをする。先輩がつう、と私の足を撫でた。

「あ!ちょっと先輩!やらしい触り方しないでくださいよ…!!」

慌てて先輩の方へ顔を向けるとガッツリと顎を掴まれ唇を押し当てられる。私はまだ悔しかったのでぎゅう、と口を真一文字に結んだ。私の機嫌を伺うように先輩の舌が私の唇を撫でるのを耐えたが優しく名前を呼ばれてしまい思わず口を開けてしまう。

「意地悪して、ごめんね?」

先輩はそう言うとちゅ、と私の舌を吸い上げた。