※伏見弓弦に遊ばれるシリーズ

「おや!??そこにいらっしゃるのはもしや夢ノ咲のプロデューサーさまでは?」

「うわ!誰ですか急に声でか!」

「失敬!驚かせてしまいましたかね。自分、七種茨と申します。こんなクソ野郎の事をご存知ないところお声がけして申し訳ないのですがEdenというグループの…」

「うわーー??!七種茨!」

目の前に現れた強豪アイドルユニットのメンバーの七種茨くんに私は内心腰を抜かした。この人には気をつけるように遊木くんに言われていた私はさっと距離をとる。「自分をご存じでしたか!恐縮です!」と大きめの声を出されたので慌てて耳を塞ぐ。う、うるせ〜ッ!!

「ここは夢ノ咲学院なんですけど……。」

「存じておりますとも!今日は合同ライブの打ち合わせに参りまして…。良ければ生徒会室の場所などを聞いても…?いやあ、ありがとうございます!お手数かけてすみません!」

何も答えていないのに私は元きた方向に体を向けられ えっさほいさと押されていく。ああ〜!!ちょっとちょっと、これから帰って企画を練ってさっさと寝ようと思ってたのに!!有無を言わせない圧力に私は諦め「コッチデス、」と七種茨を案内することにした。
底のしれない笑顔にふと同級生の伏見くんを思い出した。今日も散々やられた身だった。思い出すだけで奥歯を噛み締めてしまう。私の事馬鹿にして!なんで伏見くんは私に対してあんななのかしら。同じプロデューサーのあんずちゃんには見てる限り随分友好的な態度を取るというのになあ。一応私だってプロデューサーなのだからもう少し分かり合えないだろうか。と、言っても私も応戦する形を取っているので仕方がない事なのかもしれない。
私が悩んでいる間にも七種くんはペラペラとお話を続けている。よく動くお口ですね。

「おや、なんだか元気がないようですが?」

「あら、鋭いわね。ううん、初めて会ったあなたに言うような内容でもないのだけど…。アイドルと仲良くできないプロデューサーとは、と反省をしていたの。あの、参考程度に聞きたいのだけど七種くんは気に入らないプロデューサーにはどのように接するものなの…?」

「自分ですか!そうですね、該当する人物がいないもので…。参考にもならず申し訳ない!」

そう、と私は呟くと腕を組む。まあ、七種くんの噂を聞く限り簡単に何か弱みを出す事はしないだろう。下手したら悪口だもんなあ。
七種くんが私に対してあんまりにも友好的なのですっかり遊木くんの忠告を忘れて相談などをしてしまった私は頬をかく。まあ、ちょっとくらい良いでしょう。

「ああ、ここが生徒会室ですよ。」

「ありがとうございます!お手数おかけしてすみません。」

失礼します。と私が生徒会室に入るとばちん!と伏見くんと目があった。しまった。生徒会によく入り浸っているのをすっかり忘れていた。今日も盛大にバトルした後なのである。気まずい。
伏見くんは私を見て一瞬驚いたような顔をしたがすぐに私の背後に目をやった。

「…おや、野良犬は入室禁止ですよ。」

「やぁやぁ生涯の友!奇遇ですね、ああ、会いたかったですよ!」

七種くんは一瞬嫌な顔をしてからにこ!と笑顔を作る。知り合いだったのね、とこっそり横にズレると七種くんは ずい、と生徒会室に乗り込んだ。伏見くんは相変わらず穏やかな笑みを浮かべて私を手招いた。私は気がつかないフリをして退室しようと後ろに動いたのだが何故か七種くんが私の腕を掴みこっそりと耳打ちをする。

「上手くいっていないアイドル、とは弓弦のことでは?」

「え、」

よく分かったわね、と小さく頷いた。ニンマリ、と音がしそう顔で七種くんは少し仕返ししませんか?と提案してきた。

「やあ、七種くん。待っていたよ。わざわざご足労いただいて申し訳ないね。」

「いえいえ!今回は招いてもらった身ですから。」

私の返事を待たないで七種くんは天祥院先輩に向き直る。そう、しっかりと私の肩を抱いて。ん?と私が考える前にただならぬ殺気を感じて思わず相手を確認するが後悔をした。伏見くんである。

「いやあ、とんでもなく広い学園で迷ってしまいプロデューサーさまにここまで案内してもらいました。それにしても、夢ノ咲のプロデューサーの方は本当にお優しいですね!どちらも自分のような人間にも丁寧に接してくださる。それに何よりお美しい!ああ、夢ノ咲は羨ましいですな。どちらか我々の手元に頂きたいぐらいです。あっはっは!」

「茨。」

「プロデューサーさま、どうです、一度我々の秀越学園に体験でいらしてみますか?ええ、もちろん、自分の考えられる範囲の好待遇で!」

これは七種くんの本音ではない。さっき言っていた仕返し、と言うのはこれなのだろうか。何が仕返しなのか全く分からず混乱したままの私は笑いかけることも出来なかった。表情筋が固まって痛い気すらする。

「…弓弦、怖い顔してどうしました?」

「ひとまず手を離しなさい。汚い手で触って良い方ではありませんよ。さ、こちらへ。」

伏見くんの手が私に差し出される。しかし空気が険悪すぎて吐きそうになってきた私は飲まれてしまっていてとっさに動けずにいた。あからさまに伏見くんの表情が歪んだ。姫宮くんが逃げ回っているのを追いかけ回している時の顔だ。今、この手を取って良いことはないような気がする。
助けを求める気持ちで天祥院先輩を見ると面白そうに口角を吊り上げているではないか。しかし、口角が上がるほど面白い状況では一ミリもない。

「あの、」

「はい!どうされました!?」

「私、ちょっとあの、この後用事がありまして…。」

私の言葉を聞いた七種くんはあっさりと私から手を離した。

「失敬!長々引き留めて申し訳ない!」

私は何とか笑顔を作ると天祥院先輩に頭を下げる。「またね。」と何も起こっていないかのように手を振ったのを見て腹を立ててしまった。覚えてろよ…、と心の中で悪態をついて今度こそ退室する。
さっさと廊下を進んで足を止めるとどっと冷や汗が出てきて床にへたり込んでしまった。なんて健康に悪い空間だったのだろうか。そして最後まで七種くんの仕返しの意味がわからなかった。なんだか個人的な恨みでも晴らしたような空気だった、と思う。私は使われたのだ。悔しい〜!

「おや、床と同化していたので危うく踏むところでしたよ。」

「うわ。伏見くん。」

私に向かってズカズカとやってくると同じ視線に沈んだ。私をじっと眺め、七種くんが触れていた部分をパンパン!と叩き始める。

「いったい!!何をするの!?」

「きちんと除菌しないと野良犬くさいままですよ。」

この人も意味がわからない。
お互いが無言でどういう状況かもわからない。

「…今後、七種茨と関わらないと約束してもらえませんか。仕事で関わるのは仕方ないですが決して二人で会わないようにしてください。茨を信用してはいけませんよ。」

「…?ええ、分かったわ。」

やっとホッとした顔をした伏見くんは一拍置いていつもの意地悪な顔を向けた。え、と思った時には手遅れで強烈な痛みが額を襲う。

「仕返しですよ。」

いつか絶対に決着をつけてやる、と私は額を押さえながら天に誓った。