今までの私は体を動かす仕事をしていた。毎日慌ただしく外回りをして自分でもよく分かっていない商品を外部の人に売り込んでいたのだ。人に何かをプレゼンをするのは割と嫌いではなかったのだが深夜を過ぎる業務時間ととにかく密にぶち込まれたスケジュールは私を疲弊させていったのだった。そんな時アイドル事務所の偉い人に目を付けられ無事に引き抜かれ早一ヶ月。UNDEADというアイドルユニットを当てがわれその中で羽風薫というアイドルメインでプロデュースをしていくことになった。ここまで決まるのは秒速だった。四人のうちの二人はまだ学生で二人が卒業するまでのメインは羽風さんと朔間さんがメディア中心となって基盤を作るというのが当面のスタイルらしい。なので私は朔間さん担当のプロデューサーとも密に連絡を取らなくては仕事がバチバチにぶつかってしまう。うまくやらないとなあ。
「…、とはいってもなあ。」
私は二枚看板と言われる二人が基盤を作るというのは悪くはないと思うが後の二人も一緒にしっかり出したい。とくに大神くんはメディア映えする反応をよく見る。ああいう子はよく喋らせた方がいい。乙狩くんも天然でトークはとてもいい味がある。二枚看板はCMやモデルを中心とした活動させたい気もする。ううん。…朔間さん側の担当とも相談しないとなあ。ううん、と大きく伸びをした時だった。
「やっほ〜」
は、と声の方を見ると羽風さんが軽く手を振りながらやってきた。私は慌ててキリッとした顔を作る。せっかく将来有望アイドルだというのに私みたいなペーペーなんかをつけられてさぞかし不安だろう。せめて表情はキリッとしておかないと…!
「あはは、お疲れだね。お昼食べた?」
「お疲れ様です。いえ、まだですけど今やってる作業がひと段落したら何かしら食べます。」
「急ぎ?」
「急ぎではないですけどスケジュール的に先に終わらせたいんです。…あれ?今日朔間さんは一緒ではないんですか?」
あとで来るよ〜、なんて言いながら正面に座る。スマホをほんの少し触ったあとガサガサと袋を漁って「じゃ〜ん、これな〜んだ。」と私の前にプラスチックトレーを押し出した。意図が分からず羽風さんとそれを交互に眺めていると、ぶは、と羽風さんは吹き出した。
「爆薬とかじゃないよ?はは、まるで小動物みたいだね。」
「いや、何ですか?これ。」
「俺がよく行くパンケーキのお店のテイクアウト。あ、ほんとはね?テイクアウトのメニューなんてないんだけどさ。お店だとゆっくり食べられないだろうからってわざわざテイクアウトにしてくれるんだよね。今日一緒に食べよっかなって思って二つ買ってきちゃった!」
食べるよね?とフォークを差し出されて思わず受け取る。資料を片手にフォークを持つ私をまじまじと羽風さんは眺めて変なのと笑った。なんだか気が抜けた私はお言葉に甘える事にした。いそいそと資料とパソコンを端に寄せる。
「あ、紅茶派だったよね?」
「え、何で知ってるんですか?」
一緒にテイクアウトしてきたであろう飲み物を私に差し出しながら「いつも飲んでるじゃん。」と言った。確かに私は紅茶派だ。まさかそんな所を見られてるなんて思ってなかった私は若干の照れを感じながら羽風さんの手から紅茶を受け取った。じんわりとした暖かさが指先を包む。
「そりゃあこれから二人三脚で頑張っていく大事なプロデューサーちゃんだからさ、それくらいの好みはちゃあんと知ってるよ。」
もちろん普段の頑張りもね、なんて付け加えられて頬に熱が集中してしまう。背伸びしてキリッとした顔をしようとしていたのもバレているんだろう。なんて恥ずかしい。
誤魔化すようにふわふわとしたパンケーキを口に運んで唸る。なんてこった。非常に好みである。
「美味しいでしょ?」
にんまりと、どうどう?と言いたげに笑う羽風さんに観念した私は小さく首を振った。
「おいしいです。」
「でっしょ〜?」
ワイワイと羽風さんが話し始めたところで事務所の扉が開く。ぬ、と現れたのは朔間さんで私と羽風さんを交互に眺めて足早にこちらにやってくる。
「おや、楽しそうじゃな。我輩も混ぜておくれ。」
「え〜?どうしよっかなあ?」
どうする?と私に話を振ってきたものだから準備のできてなかった私は慌ててしまう。そんな私を見て羽風さんは可笑しそうに笑った。