『銀ちゃん!銀ちゃんっっ!!』 喉がヒリヒリと燃えているみたいだ。何度も、何度も、私は彼の名前を叫び続けたのだけれど、その背中がこちらに振り向くことはなかった。どうして…、どうして私に気づいてくれないのだろうか。 『銀ちゃん…!!』 「あれ…、なまえってば、そんなところで何してんの…?」 至極間抜けな声とともにぼんやりと気怠そうな瞳がこちらに向けられた。やっと彼が振り向いてくれたことに、自然と笑みが浮かんでしまう。 「口パクパクさせて、金魚の真似?」 『な…?!』 人差し指で鼻をほじくりながら返された言葉に、カチンとそんな音が頭の中で聞こえたかと思った。いや、実際に聞こえていたに違いない。私が必死で名前を呼んでいたっていうのに、いくらなんでも酷いじゃないか。 「お前…、」 『銀ちゃんのばかぁっ!』 「も、も、もしかして声…出ねぇのかッ…?!」 がっと目を怖いくらい見開いた銀ちゃんがドタバタと足音を立てて私に近付くと、ずいっと顔を近づけてこちらを覗き込んだ。その慌てっぷりに、私まで驚いてしまう。というより、引いてしまった。痛いくらいにがしりと肩を掴まれて身体を前後にガクンガクンと揺さ振られたせいで焦点が上手く定まらない。 「なまえーっ!大丈夫かっ?!一体何があったんだ?!」 「………」 落ち着いてと言ったつもりなのだが、おそらくそれも聞こえていないのだろう。私はありったけの力で銀ちゃんの身体を押し返して彼から離れた。しかしどういうことだろう。自分でも声が出なくなってしまった原因がわからないのだ。 「なまえー……、なまえー……」 さっきまでぼけーっとしていた赤い瞳には、はっきりと動揺の色が浮かんでいるように見えた。何度も私の名前を消え入りそうな声で呼んでは、オロオロとその場を行ったり来たりしている。突然、銀ちゃんは「わかったぞ!」と大きな声を上げて手をパンッと叩くと、私の目の前で立ち止まった。そして、どこぞの名探偵のように人差し指でビシッとこちらを指し示す。一体何がわかったのだろうかと、私は若干の疑いを持ちつつも彼に視線を向けた。 「実はなまえは人魚姫でな、銀さんが好きで好きでたまらなかったからその声と引き換え……グハッ…!!」 ドサリ。銀ちゃんの身体が揺らいで、その場に崩れ落ちた。彼はちょっとストップ、と片手をこちらに向ける。 「いやいや…。人魚姫が王子の腹に一発入れるって無いだろぉー…」 「………」 私は、人魚姫だとか魔女だとかブツブツ呟いている銀ちゃんを放置してソファーに腰掛けた。 王子って誰のことだ?あぁ、もう。声がこんなに大切だったなんて知らなかった。この男に馬鹿と言ってやることすらできないじゃないか。原因不明の事態と意味不明な男のせいでイライラがどんどん募っていく。 「なまえ、」 小さく自分の名前を呼ぶ声と共に、ソファーがギシリと音を立てて深く沈んだ。私が驚いて視線を右隣に移すと、いつの間にか、さっきまで床にへたり込んでいたはずの銀ちゃんが隣にいた。目と眉の距離が縮んだ真面目な表情に、ふいに心臓が跳ね上がった。 「あんま焦るなって。ちゃーんと原因を探っていきゃぁ、必ず解決法を見つけられっから。な?」 俺も手伝うからよ、そう掠れる声で呟いた銀ちゃんは、私の頭を引き寄せてギュッと胸の中に閉じ込めた。不思議と安心できる温かさと香り。逞しい身体にもたれ掛かった私は、ありがとうの気持ちを込めて小さく頷いてから、銀ちゃんを見上げた。前言撤回。やはり銀ちゃんは頼れる人なんだ。そう思って、私は銀ちゃんの背中に腕を回すと、そのまま全体重を彼に預けた。困難を乗り越えて大切な人のピンチを救う、まさに王子様。彼の柔らかな笑みを見ていたらそんなことがふと頭に浮かんだ。 「それじゃあ、なまえ?」 肩をがしりと掴まれて、ソファーに座ったまま真剣な眼差しの銀ちゃんと向かい合うように身体を動かされた。私は返事の代わりに左に首を傾げる。 「最近、変な魔女と契約しなかったか?」 「黙れ、どうしようもない天パ」 「「あ……」」 例えば君は人魚姫 「声、治ったぁぁー!」 「えーっと、なまえちゃん?銀さんのこと、そんなふうに思ってたわけ…?」 「銀ちゃん、ありがとーッ!!」 「お、おう……」 Fin. |