僕が万事屋に入ると、日も暮れたというのにその室内は薄暗かった。たぶん、この暗さは、ここに居るであろう人の心をそのまま表しているのだろう。 「なまえさん…」 「銀ちゃっ……、新八、くん…」 ソファーの上に蹲る女の人。その白い肌がほんのりと光を放っているのかと錯覚に落ちるほどに、滑らかな身体の線が目を引いた。 貴女は驚き、期待、歓喜、そのどれでもなく、ただ落胆の声で僕の名前を呼んだ。 「電気、付けますね」 「………」 「今日は、鍋にしようと思うんです。神楽ちゃんも喜ぶと思って、お肉いっぱい買ってきちゃいました」 ぱっと明るくなった部屋と対照的な塞ぎ込んだ顔。目の下の隈に僕の心はチクリと痛くなった。また、寝ていないのか。 「銀ちゃん…、帰ってこないね……」 「……」 「新八くん…?」 「えっ…?あぁ…!えーっと、その…」 お願いですから、今にも泣きそうな顔で僕を見ないで下さい。 「銀さんなら絶対…、帰ってきます……」 貴女のせいで、上手く嘘が付けないじゃないですか。 「簡単にくたばる男じゃないってこと、なまえさんが一番わかっているでしょ?」 僕には貴女を笑顔にすることも、慰めることも、ましてやあの男を忘れさせることなんてできやしない。わかってる。そんなことに気付かないほど、僕は餓鬼じゃあ、ない。 「だから…、みんなで銀さんの帰りを待っていましょう…?」 僕、貴女に出会ってわかったんです。恋はきっと、自分の欲求を満たすもの。だけど、愛は違う。愛は、きっと、相手の幸せを一番に考えること。 「うぃーす…」 「ぎ…、銀ちゃんッ……!!」 背後から銀さんの声が聞こえた。僕の目の前に居たなまえさんが、瞳に涙を浮かべながら、僕の横を通り過ぎて、そして銀さんに抱き着いた。通り際にさらりと揺れた黒髪の残り香が僕を苦しめる。 でも。ほら。やっと笑ってくれましたね。 「ぎ、銀さんも無事に帰ってきたことだし、僕、早速夕飯の準備をしてきます…!!」 僕は逃げるようにリビングを後にした。正直、見ていられない。これ以上あの場にいたら、きっと僕は、今までの関係をめちゃめちゃにしてしまうような気がした。 お願いします。貴女の隣に僕が居ることが赦されないのならば、僕のしまい込んだこの想いが貴女の笑顔に変わる、と。身勝手かもしれないけど、せめて、そう考えることだけは赦してくれませんか。 どうかその笑顔が絶えぬように はは、涙が止まらないや。 Fin. |