ふと目を開いた時、外はまだ薄暗くて、時計を見たら午前3時。布団の中でもぞりと寝返りをうてば、隣に上半身裸の十四郎さんが眠っていて、自分も裸だということに気がつく。私の上に彼がいて、目の前が真っ白になる瞬間までは覚えてるから、多分、意識を飛ばしてそのまま眠ってしまったみたい。 「とうしろう、さん…。」 声にはならない、吐息が零れる音だけで、そっと彼の名前を呟く。こうやって下の名前で呼べるのは、二人の時だけ。名前を呟いただけなのに、心が温かくて、とても心地好い。 血管が浮き出た逞しい腕を見ると、そこには数え切れない程たくさんの小さな傷があった。十四郎さんはいつも私の隣に居てくれると、そんなこと当たり前だと思っていたけど、本当は、彼は私には想像できない程の危険の中で生きているんだと、苦しい現実を思い知らされる。だけど、危険をくぐり抜けて私の隣に居てくれる、その事実が苦しみよりも何倍も嬉しと感じた。 「なまえ…?」 「あ…、ごめんなさい。起こしてしまいましたか…?」 「涙…。おまえ、泣いてる」 「…?」 そういえば口の中に感じる、涙のしょっぱい味。気付かない内に、涙が枕を濡らしていた。 「どうした…?」 「どうしたのでしょうか…私」 「ったく…」 困ったように笑った十四郎さんは、手を伸ばして私の頬に触れた。親指でそっと涙を拭うと、そのまま腕を引っ張って、私の身体を広い胸の中へギュッと閉じ込める。十四郎さんの香りに包まれて、私の胸は苦しい程に締め付けられた。 「なんか悲しいことでもあったのか…?」 「私、十四郎さんが大好きなんです」 「…?」 「十四郎さんが隣に居てくれることがすごく嬉しくて…。だから、さっきの涙は…悲しみじゃなくて、もっと別の…。上手く言えないけど、良い意味の涙なんです…」 十四郎さんが、小さく笑う声が聞こえた。「変なやつ」なんて囁かれたら、私を抱き留める腕に、もっと力がこもって、より十四郎さんと肌と肌が触れ合った。 「おまえと居ると…、ものすごく安心できる」 まるで独り言のような、小さな声だった。 「なまえが居るから、血の海ン中突っ立って鬼の副長って呼ばれても、人間として…土方十四郎として生きていける」 なんて悲しい声なんだろう、って思って顔をあげてみたら、私の視界を遮るように口づけが落とされる。ゆっくりと何回も、唇を離しては角度を変えて、ほんの一瞬しか息継ぎを許してもらえないから、だんだんと脳みそが痺れるようなとろんとした感覚に陥った。 どうしてだろう。眠ってしまう前に、十分に十四郎さんに溺れたはずなのに、また、心の底から彼を求めてしまう。 「十四郎さんも、泣きたいのですか…?」 唇が離れた瞬間に、じっと目を見つめて問い掛けた。実際、青色の瞳に涙は浮かんでいなかったけど、私には彼の涙が見えるような、そんな気がした。 「悲しくて、泣きたいときは、私がそばにいます。だから…一人で泣くのは許しません…」 脳みそで考えるよりも先に言葉が口から出ていって、十四郎さんはその言葉に目を丸くして驚いているみたいだった。 「どうしてだろうな…。なまえには敵わねェや」 「…?」 ポツリと十四郎さんが呟いた。 「なまえは俺の欲しいモン、全部与えてくれる。俺だけがこんな幸せで、いつかツケが回ってくるんじゃねェかって不安になっちまうぜ…」 「それなら、安心して下さい」 自嘲気味に笑った十四郎さんの頬にそっと手を添えて、にこりと微笑む。 「私も十四郎さんのおかげですごく幸せです。きっと私達、平等に幸せだから、神様だって私達に手出しはしませんよ」 だから、十四郎さんにはもっと笑って欲しい。人の命の重みを、儚さを、誰よりも知っている貴方を、私が、笑顔に、幸せにしてあげたい。そんな事を考えていたら、十四郎さんの頬にあった手に、大きくて骨張った手が重ねられて、指と指が絡まった。 「なまえ…」 「はい…」 「愛してる」 「私もですよ、十四郎さん」 ゆっくりと絡んだ指が解かれて、再び温かな胸の中にギュッと閉じ込められる。額にそっと口づけが一つ。「おやすみ」と小さく囁かれて、私は彼の緩やかな心音を聴きながら、そっと目を閉じた。 とある瞬間の幸福 目覚めた時、貴方が隣に居てくれました Fin. |