「ただいま……」
誰かに伝えるというよりは、家に入るための儀式とでも表現すべきだろうか。そんな感覚で声をかけながら玄関の扉を開いた。明り一つない部屋からはなんの返事もない。
腕時計を見れば帰宅を予定していた21時よりもずっと遅く、あと少しで日付が変わろうとしていた。
名目上は使用人となっている彼女は既に寝てしまったのだろう。そう考えながらリビングの入口脇にあるスイッチを暗闇の中から手探りで見つけ出し、部屋の明りを灯した。
「…………!」
ぱっと明りが点いた瞬間、リビングのテーブルに伏せたまま動かない名前の陰が現れた。
「こんなところで寝られるなんて信じられないな……」
寝心地がいいわけがないのに。そんな疑問がふと浮かぶ。
穏やかな寝息を立てて熟睡する彼女に近づいてみると、出かける際に渡した資料は全てパソコンの中に入っているようだった。さすがにこの量は無理かと予想していたが、彼女の能力を過小評価していたのかもしれない。
「まぁ、保存し忘れているのがキミらしいけれど……」
眠る名前を起こさないよう細心の注意を払いつつ、マウスを操作して完成しているデータをメモリースティックへと保存した。
これでデータに関しては問題ない。が、未だ眠り続ける彼女をどうしようか。
「…………」
自分でもその理由はわからない。ただ、このまま机で寝かせておくことはできなかった。それは、データを完成させてくれたことへのお礼なのか、それともまた違った理由からなのか。
いくら頬をつついても目覚めない彼女を抱き上げるようにしてテレビ前のソファーに寝かせると、自分の部屋にあった毛布をそっと身体にかけた。
「……おやすみ、名前」
ご主人様と一枚の毛布