「ねーねーレオ姉、さっきの赤司なんか機嫌悪くなかった?」
「あら、おバカな小太郎でもそういうことに気が付くのね」
「もー! レオ姉ってばオレのこと馬鹿にしすぎ……って、やば! オレ今日、日直だから早く教室行かないと! じゃーねー!」
「まったく……朝から騒がしいんだから」

 朝練を終えて時計を見ると、授業が始まるまでまだ30分あった。もう少し自主練をしてもいいのだけど、今日は教室で授業の予習でもしていようかしら。
 「RAKUZAN」と書かれた大きなスポーツバッグに練習着をしまって部室を後にする。そして、体育館を出たところで、小太郎が機嫌が悪いと疑っていた征ちゃんと会った。
 会った、というよりは征ちゃんが私を待っていたといった方が正しいかもしれない。征ちゃんは、私と目が合うと「少し話があるんだ」と言って教室のある校舎へ向けて歩き出した。

「征ちゃんが私に話なんて珍しいわね」
「そうかな?」
「ええ。すごく珍しわ」

 小太郎の予想は合っていると私も思う。あからさまに不機嫌な顔をしているわけではないけれど、滲み出ているオーラがいつもと違うとでも言うのかしら?
 ただ、触らぬ神に祟りなしって言うし、私からそれを指摘することはしなかった。

「昨日、名前が出て行った」
「へえ……って、え? ちょっと、どういうこと? 結果だけじゃなくてちゃんと過程も話して!」

 なんの前触れもなく告げられた言葉に私は柄にもなく大声をあげてしまった。
 うるさいよ玲央、とたしなめられたけど、そんなことを言われたら黙っていられるわけないじゃない!

「玲央達が帰ったあと、玲央に言われた質問を名前にしてみたんだ。そしたら、名前にとってオレは雇主兼ご主人様らしい」
「ぶっ……! あ、ごめんなさいね」

 こほん、と咳払いを一つして笑顔を作る。
 あの子ったらそんなことを……。そこまで話をしたわけではないけど、素直でいい子だと思った。ただ、それに加えてとんでもなく鈍感なのかもしれないわね。

「それで、征ちゃんはどうしたの?」
「…………」
「征ちゃん?」
「妙に苛立って名前に冷たい態度をとった。そして、最終的に自分には僕の質問や行動の意図が分からないと泣かせてしまった」
「そう……」

 どうやら小太郎も私も間違っていたらしい。少し俯き加減に歩く征ちゃんの顔に浮かぶのは悲しみや後悔、疑問。そんなものが少しずつ混ざって、征ちゃんの表情に陰を落としていた。

「なんて言うのかしらねぇ……。結局アナタ達2人は鈍感すぎるのよ」
「鈍感?」
「そう、鈍感。この前も教えたじゃない、征ちゃんはあの子のことが好きなんでしょって。今回のことで征ちゃんが妙に苛立ったのはあの子が自分のことを好きと言ってくれなかったから。違うかしら?」
「…………」
「もう。純情な征ちゃんっていうのも悪くないけど、好きな女の子を泣かせるのはどうもいただけないわ」

 会話をしながら歩いていたら、目の前には階段。
 2年生の教室はこの階段を上った先にあるから、征ちゃんとはここでお別れ。

「征ちゃんの他人に対するズバ抜けた観察眼を少しは自分に向けてみたらどうかしら? ふふ、それじゃあ、また午後の練習で会いましょ」

 ひらひらと手を振って階段を上る。数段上ってから後ろを振り返ってみたけど、当然のように征ちゃんの姿はもうなかった。
 私の言葉がちゃんと征ちゃんに届いたらいいのだけど。
 そんなことを考えながら、私は再び前を向いた。

征ちゃんと私
  mokuji  
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