平日の赤司くんの帰りはいつも遅い。早くて20時。21時を過ぎることだって別に珍しくなかった。けど、それはバスケの練習をしているからだと知っているし、なによりハードな練習をしているからこそ私が雇われたのだ。
 余計な飾りのないシンプルな時計が表示する時間は22:38。赤司くんがなんの連絡もなしにこんな時間まで帰ってこないなんて初めての出来事だった。
 部活が忙しいのだと思いたいけど、こんな時間まで練習があるわけがない。だとすると、お金持ちの赤司くんのことだから身代金目的の誘拐……とか。刑事ドラマみたいな話だけど、それを完全に否定できないのが怖い。
 どうしよう。というよりも私はどうするべきなのかと狼狽えてしまう。学校に連絡? 保護者でもないのに? こんな時のための緊急連絡先なんて聞いてないし……。
 とりあえず赤司くんの携帯に電話をかけてみようと自分の携帯をポケットから取り出したまさにその時、リビングのドアががちゃりと開いた。

「赤司くん!」
「……ただいま」
「こんな遅くまで一体……って、酷い顔! 死人みたいにげっそり!」
「キミは言葉をオブラートに包むことを知らないんだね……」

 赤司くんは怒ってる……はずなんだけど全く怖さを感じない。朝に顔を合わせた時は元気だったのに、たった一日でこんなにも疲労困憊になってしまうなんて……。

「えっと、お疲れ……ですよね……。食事はどうしましょう? 先にお風呂に入りますか?」
「済まないけど食事は遠慮しておく。明日食べるから冷蔵庫にいれておいて……。僕はシャワーを浴びてくるよ。少しでも早くベッドに入りたいんだ……」
「わ、わかりました……」

 普段まとっている覇気をすっかり失った赤司くんは見ていて痛々しかった。
 食事は要らないと言われたけど、何も口にしないなんて絶対に身体に良くない。疲労回復にはビタミンB1がいいという話を思い出した私は、冷蔵庫から豚肉を取り出した。


******


「これは……?」

 お風呂場から戻り、ソファーにどさりと座った赤司くんにマグカップを差し出した。

「豚肉と野菜のスープです。何も口にしないのはさすがによくないかなって思って作ってみたんですけど……」

 湯気が立ち昇るカップを両手で受け取った赤司くんは中を覗いてから目を細めた。そして、大きめのスプーンで掬ったスープを口に運ぶ。

「ん……、美味しい……。豚肉に含まれるビタミンB1は疲労回復に役立つ。それを知って作ってくれたんだろう?」
「赤司くんには何でもお見通しですね」
「まあね。ねぇ、隣、座って?」

 赤司くんは自分の隣をポンポンと叩いて座れと促す。
 失礼します……と言いながらおずおずとソファーに腰かけると、赤司くんが笑う声が微かに聞こえた。そして、それと同時に程良いとでも表現すればいいのだろうか、軽くもなく重くもない。そんな何かが私の肩に乗せられた。
 強張る身体はそのままにして、視線だけで横を見ると、特徴的な赤い髪の毛がはっきりと見える。

「あ、あ、赤司くん……?」
「なんだい?」

 なんだい?ってそれは私の台詞です。そんな私の動揺すら楽しむように赤司くんが口を動かす。

「少し疲れた。だから、しばらくこのままでいて」
「…………」
「この前の練習試合でチームの弱点が見つかってね。それを直そうと練習していたらこんな時間になってた。洛山が……僕が負けるなんてあってはならないから……」

 今日の赤司くんはいつもよりずっと饒舌だった。それは独り言じゃないけど、私に向けたものでもない言葉。彼が今どんな表情をしているのかこの体勢では見えない。むしろ、見ることが可能だとしても、見てはいけないものなんじゃないかとすら思ってしまった。

「いいですよ…しばらくこうしていて。私は何も聞いていないし、見てもいない。だからその……、無理しないでほしい、です」

 私は何を言っているんだろう。自分でもよくわからない。
 とにかく、高校生とは思えない大人っぽさを持っていて、私の前ではいろいろと横暴な言動をするいつもの赤司くんに早く戻って欲しい。辛そうな赤司くんを見ているのはすごく苦しくて、わけもわからず泣きそうになってしまった。

ご主人様とお疲れ様
  mokuji  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -