名前先輩の手伝いを終えた帰り道、オレは右ポケットに入っている袋のことをずっと気にしていた。
たかが種。されど種。先輩が大切にしているものをオレにくれたってことが嬉しくて、しかも、それを一緒に育てようと言ってくれたことが喜びを何倍にも大きくしていた。
「えっと、今は種を蒔くのにちょうどいい時期らしいから、帰ったらすぐに種蒔きっと……。先輩のためにも絶対にちゃんと咲かせないと……」
先輩から教えてもらったヒマワリの栽培についてのメモを見ながら歩く。メモのところどころには先輩直筆のアドバイスがあって、その文字を見るだけで自然と頬が緩んだ。文字ですら可愛いと思うなんてオレも相当やばいなー、なんて思いつつもニヤけてしまう顔をどうすることもできない。
「よぉ、黄瀬。お前すっげー気持ち悪い顔してんぞ? あ、わりぃ元からだったか」
「あ、青峰っち……?!」
メモを凝視しすぎて反対方向から歩いてくる青峰っちに全く気が付かなかった。歯に衣着せぬその物言いは、しばらく会っていなかったことを全く感じさせなかった。
「気持ち悪いってなんスか? これでもオレ、モデルなんスけど……」
「んー? 『ヒマワリの育て方』ってなんだ? しかも、これは女の字みてーだな」
「ちょ! 勝手に見んな!」
「へぇ。どーやら黄瀬クンは園芸に夢中なようで」
「ち、違っ!」
「んじゃあ、それはなんだよ?」
「う…………」
バカなくせにこういう時の青峰っちは無駄に勘がいい。ホントに無駄にだけど……。
青峰っちがニヤニヤと笑いながらオレの肩に手を回す行為は、「おら、話せ」と脅すことと同義だと今までの経験から知っている。そして、こうなってしまえばもはや逃げ場などないことも知っていた。
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「好きな女、ねぇ……。おい、そいつの写真ねーの?」
「持ってねーし。つか、持ってても青峰っちには絶対見せないっスから!」
結局、出会った時から今日の手伝いのことまで全て話してしまった。予想外だったのは、青峰っちが真面目にオレの話を聴いていたこと。
「ンだよ、つまんねーな。じゃあ、あれだ。サイズ! どーせお前のことだからでけぇんだろ?」
「はぁ? オレと青峰っちを一緒にしないでほしいっス!」
前言撤回。やっぱり、真面目になんて聴いていなかった。
この人に名前先輩を紹介するのは危険すぎる。接点なんてないだろうけど、警戒しておくに越したことはないと考えていた時、青峰っちがふと真面目な顔をして呟いた。
「意外っつーの?」
「何がっスか?」
「お前って女に群がられることはしょっちゅうだったけど、自分から女を好きになったことなんて一度もなかったろ?」
「そーっスね」
「だからお前ってあっち系なのかと思ってたわ」
「はぁ?!」
「はは、じょーだん」
「もう……。青峰っちに話したオレが間違ってた」
「ま、とにかく頑張れよ。お前みたいなめんどくせぇやつが本気で惚れる女なんてそうそう現れるもんじゃなさそうだし。初恋は叶わないって言うみてーだけど、そんなん気にすんな」
「青峰っち……」
ぽん、と軽く肩を叩いた青峰っちは「じゃあな」と言ってオレが歩いてきた方向へと去って行った。ポケットに手を突っ込んで歩く後ろ姿が悔しいくらい様になっている。
なんだかんだでオレのこと応援してくれたらしい。昔からの友達ってのも悪くない。そう思ったオレも青峰っちを真似するみたいにポケットに手を入れて歩き出した。
こう見えて本気の初恋なんスよ