「ありがとうございましたー！　またお越しください」

　そう言って笑顔でお客さんを見送った名前先輩をオレは穴があくんじゃないかってくらいじっと見つめていた。
　やっぱりあの笑顔は可愛くて、オレが客だったらあの笑顔目当てに何度もお店に通ってしまうに違いない。

「はぁ……、ホント可愛い……」
「黄瀬くん？」
「え？　あ！　すんませんっス！」
「もう、さっきのちゃんと見てた？　お客さんが帰る時は笑顔でお見送りだからね？」
「了解っス！　笑顔は得意なんで任せて！」

　オレがニッと笑ってみせると、名前先輩は「うん、合格！」と親指を立てた。
　ざっと今の状況を説明すると、今日は日曜日。めずらしく部活が休みということもあって、オレはお手伝いという名目で先輩との約束をなんとか取り付けたのだ。
　先輩のお父さんが使っているジーンズ生地のエプロンを借りて一緒に店に立つ。こうしていると、オレが先輩と結婚して一緒に店を経営している未来がなんとなく想像できて自然と口角が緩んだ。
　いけないいけない。ちゃんと仕事をしないと。

「ねえ、先輩？」
「ん？　なぁに？」
「先輩って何の花が好きなんスか？」
「私？　んー、そうだなぁ……」

　むむむ、と考えるようにお店に並ぶ花を見渡した先輩は、「これかな」と言って一本のヒマワリを手に取った。
　なんとなく意外な気がした。それは、オレのイメージだと先輩にはもっと小さくて可愛らしい花が似合うと思っていたからかもしれない。

「なんか意外っスね」
「そう？　もちろん他の花だって好きだけどヒマワリが一番好きかなぁ……。私が初めて種から育てた花がヒマワリでね。種を蒔いたあとのドキドキ感も、芽がでて花が咲いた時の喜びも、枯れちゃった時の寂しさも全部このヒマワリが教えてくれたから。それに、鮮やかな黄色は見ているだけで元気になれるっていうか……。大好きだな、ヒマワリ」
「…………」

　頭の中にあるいろんな思い出を懐かしむように先輩は手元のヒマワリを眺めていた。ヒマワリにまで嫉妬してしまいそうなほどに優しい視線だと感じた。

「そういえば、黄瀬くんにはヒマワリがすごく似合う気がするな」
「え？」
「髪の色とかもそうだけど、みんなの注目を集めて、見る人全てに元気を分けているところとか」
「そ、そ、そうっすかね？」

　ドキリと心臓が高鳴った。
　先輩が好きな花が似合うって言ってもらえただけですげー嬉しい。今、オレを見ている先輩の瞳はさっきヒマワリを見つめていたそれと同じものだった。だから、顔が赤くなってるのがバレませんようにって必死で祈った。

「あ！　そうだ！」

　ちょっと待ってて。と先輩は店の奥に消えた。
　数分後、パタパタと足音を立てて戻ってきた先輩の手には小さな紙袋……たぶんお年玉を入れるポチ袋が握られていた。

「黄瀬くん、よかったらこれを受け取ってくれない？」

　そういってこちらに差し出された袋には、やっぱり『お年玉』と書かれていた。

「えっと……、お年玉っスか？」
「え？　あ、ごめんね、ちょうどいい袋がこれしかなくて……。中にはヒマワリの種が入ってるの」
「ほんとだ……」

　中を覗き込むと、よく知った形の種が５つ入っていた。

「この種はね、さっき話した私が初めて育てたヒマワリの子孫の種なの。毎年育ててるんだけど、もしよかったら黄瀬くんにも育てて欲しいなって」
「うわ……！　もちろん育てるっス！　ちゃんと世話して、世界一綺麗な花を咲かせて見せるっスよ！」

　決意するように握った拳を見せると、先輩は「一緒に綺麗な花咲かせようね」と微笑んだ。
　先輩からもらった種を袋ごとズボンのポケットにしまう。
　家に帰ったら早速植えてみよう。その前に、先輩に土とか育て方を教わってみるのもいいかもしれない。
　これを綺麗に咲かせられたら名前先輩は絶対に喜んでくれる。だから、オレは先輩の笑顔のためにこの花を大切に育てることを胸に誓った。

ヒマワリの約束