「おい、黄瀬テメェ聞いてんのか!」
「え……、あ、すんません聞いてなかったっス」
「ったく、この馬鹿!!」
「いだだだだッ…!! 謝ったのに殴るなんてひどいっスよ笠松先輩!」

 笠松先輩に殴られてひりひりする頭を撫でつつ、オレは数歩先を歩く笠松先輩を追いかけた。まったく、先輩はすぐに手が出るんスから。

「今日のお前はボケっとしすぎだって言ったんだ。何回パスミスしたと思ってる?」
「ん〜、10回くらいっスかね?」
「素直に答えてんじゃねぇ、馬鹿!」
「ちょ、なんで蹴られなきゃいけないんスかぁ!? 理不尽っス!」

 まぁ、確かに笠松先輩の言う通りで、バスケ以外に授業中でもいろいろとミスを連発した気がする。周りの女の子は「黄瀬君にもそんなことがあるんだね! 可愛い!」って喜んでくれたけど、笠松先輩が喜んでくれるはずがない。だから、こうやって部活終わりの帰り道ですら先輩にしばかれているわけで。
 オレと先輩のやりとりを眺める森山先輩は、オレが殴られるたびにガッツポーズしていた。

「んー……。なんていうか、今日はあることで頭がいっぱいで。あっ……!」

 駅に着くと、オレの目は自然と昨日の花屋へ向いた。
 昨日からずっとあの子のことばかり考えている。花を買う予定はないけど昨日のお礼を言えたらいいなって、あの子とまた会えることを何回も神様にお願いした。しかし、神様はオレの願いを聞いてくれなかったみたいで、店の中から人が出てくる気配は感じられなかった。

「今日はいない……か」
「黄瀬、どうした?」
「別に。笠松センパイには関係ないっス……」
「お、名字じゃねえか。お疲れ」
「やあ、名前ちゃん。今日の君もこの花たちに負けないくらい可愛らしいね」
「ちょ……笠松センパイも森山センパイもオレのこと無視っスか?! こういう時は可愛い後輩を心配し……いっ?!」

 やっぱ酷い先輩だと抗議しようと落ち込んでいた顔を上げると、例の花屋の店先にはあの子が立っていた。それに、何故か笠松先輩達と親しげに会話している。
 こ、これは一体……。昨日のお礼をしなきゃとか、やっぱ隠れなきゃとか、頭の中がぐるぐるとこんがらがって首筋からカァッと熱くなってきた気がする。


「笠松くん、森山くんこんばんは。今日も遅くまでお疲れ様。そちらは黄瀬くん……だよね?」
「ふぇ……?! お、オレのこと知ってるんスかっ?!」

 なんて返事をしてるんだオレの馬鹿!と心の中で自分を何度も責め立てた。この瞬間のために今日一日何回も行ったお礼の言葉シミュレーションが、一秒で台無しになっちゃったじゃないっスか!

「ふふ、もちろん。うちの学校で黄瀬くんを知らない人はいないんじゃないかな?」
「えっと、『うちの』ってことは、海常なんスか?」
「うん! 私は3年の名字名前。そういえば、昨日はお花を買ってくれてありがとう。お姉さんは喜んでくれたかな?」
「同じ、学校……。名前センパイ……」
「黄瀬くん?」

 名前先輩は無意識なんだろうけど、オレの顔を心配するように覗き込むその仕草は殺人的な可愛さを持っているはずだ。今にも倒れそうになるのを我慢して、「だ、大丈夫っスよ」と頬を掻いた。

「昨日は本当にありがとうございました! 姉ちゃんもすげー喜んでくれたみたいだし……」

 それに名前センパイにも出会えたし、なんて言えるはずもなくて変な笑顔でごまかす。

「そっか。良かった……」

 目を細めて幸せそうに笑う名前先輩はやっぱり今日も輝いているな。
 誰だって自分の作品がどう評価されるのか気になるだろう。本当ならもっとたくさん気の利いた言葉をかけてあげるべきなのに、甘い熱に浮かされたオレの頭はありふれた言葉しか考えられなくなってしまっていた。

「黄瀬、そろそろ帰んぞ」
「えっ? もう行くんスか?」
「馬鹿、これ以上長居したら名字の邪魔になるだろーが」

 バシっと背中を叩かれて前のめりに身体が揺れる。
 先輩の前でこんな恥ずかしいことしなくたっていいのにと不満を漏らそうとすると、名前先輩が「仲良しなんだね」と楽しそうに笑った。

「また学校で会おうね、黄瀬くん」
「は、はいっス……!」

 また会おうって言葉が頭の中で何回も繰り返された。たった一回のお礼だって言えるか不安に思っていたけど、どうやら杞憂だったらしい。
 笠松先輩に会いに行くふりをして3年生の教室に行ってみよう。もしかしたら、一緒にお昼ごはんだって食べれるかもしれない。今日一日オレを支配していた不安は吹き飛んで、明日からの薔薇色の毎日に思いを馳せた。

頭の中はキミだらけ!

  mokuji  
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