「あー……うー……」

 先輩と過ごした合宿から2週間。
 インハイが終わっって一段落つくかと思ったら、悲しみにくれる暇もなくウインターカップを目指して猛練習。正直、インハイを終えてからの練習の方がずっとキツくなっていると思う。
 オレとしてもWCが笠松先輩達と一緒にプレーできる最後の大会だから、それに向けた練習で手を抜くつもりなんてこれっぽっちもない。だから、部活だけに専念できる夏休みは、オレ達にとって最高の時間なんだ……けど。

「名前センパイが足りない…………死ぬ」

 練習の疲れと名前先輩に会えない寂しさから、バタリとベッドに倒れこんだ。
 濡れている髪から落ちた雫が頬を伝う。ちゃんと髪を乾かしてから寝ないと寝ぐせが酷くなるのはわかってるんだけど、それをする気力もなかった。
 先輩は今何をしているんだろう。やっぱり勉強? つーか、もし予備校とか行ってて、そこで知り合った男と仲良くしてたらどうしよう。いや、先輩に限ってそんなことは……。でも先輩可愛いし……。

「そうだ! メール……!」

 なんだかんだ今まで先輩とメールをしたことがなかった。というか、緊張してできなかったってのが本音なんスけど。

「まずは、こんばんは……っと。この後はなんて送ろう……。んー。勉強頑張ってる?なんて変だし、かと言って会いたいってのもさすがに……。あーもー、どーしよ……って、うわあああ!」

 ベッドの上でごろごろ転がって悩んでいたら、親指が送信のマークに触れてしまう。送信を中止する暇もなく送信完了の画面が出てきて、ちょっぴり涙が出た。
 結局、先輩には挨拶だけのメールを送ってしまったわけで。ああ、絶対に変な人だと思われた。サイアク。
 枕に顔埋めて自分のダメさ加減に打ちひしがれる。数分すると右手に持っていた携帯がメールの受信を伝えるように鳴った。これが先輩なら嬉しい、でもその内容が怖い。見たいけど見たくない……あれ?メールにしてはコール音が長い……?
 顔を上げてちらりと画面を見ると、なんと名前先輩からの着信を知らせていた。

「え、え、え? ちょ……、せ、センパイから電話!! あれ……、どうやって電話に出るんだっけ?!」

 慌てているせいで何度も携帯を落としそうになった。そして、スマホ初心者みたいに震える人差し指で通話ボタンを押すと、恐る恐る携帯を耳にあてた。

「もしもし……」
『あ、黄瀬くん? こんばんは。今って電話しても大丈夫かな?』
「も、もちろん大丈夫っス……!」

 電話の向こうの先輩は「よかったぁ」と嬉しそうに呟いた。

『さっきはメールありがとね』
「なんつーか、変なメール送っちゃってすんませんっス。本当はまだ文章を続けるつもりだったのに間違って送信しちゃって……」
『あ、やっぱりそうだったんだ。黄瀬くんて絵文字いっぱいのメール送りそうなイメージ強かったんだけど、あまりにシンプルで驚いてたの』
「あれは不可抗力って言うかなんて言うか……。 それよりも、えっと……、センパイ、元気にしてるっスか? 体調崩してない?」
『うん、すごく元気だよ! ずっと勉強っていうのもちょっぴり大変だけど、今はこれが私のやるべきことだから頑張れるの』
「そっか、センパイはすごいっスね」
『んー、そんなことないけど……。黄瀬くんは? 元気にしてる?』
「うん、オレもすげー元気っスよ。インハイ終わったばっかだってのに、冬の大会に向けてもうみんな張り切ってるから、オレも負けてらんなくて」
『ふふ、さすがだね。じゃあ次は優勝かな?』
「とーぜんっス! 負けっぱなしは性に合わないんで、次は絶対勝つっスよ!」
『それじゃ、今度の大会は応援に行こうかな。決勝戦見に行くね?』
「うわ、センパイってばさりげなくプレッシャー……。でも、そうっスね。オレ達が日本一になるところセンパイに見てて欲しいっス」

 先輩と話しているだけで疲れがウソみたいに消えていく気がした。
 インハイで中学の友達と会った話、今日の帰り道で森山先輩がナンパに失敗した話、どんな些細なことを話していても、先輩は楽しそうにオレの話を聞いてくれる。それが嬉しくて、時間を忘れて会話に夢中になってしまった。

『あれ……、もうこんな時間』
「え? うわ、ホントだ。全然気づかなかったっス……」

 先輩の声につられるように枕元の時計を見ると、すでに日付が変わっていた。

『久しぶりに黄瀬くんとお話しできて楽しかったなー。今日はありがとね』 
「うん……、オレも先輩の声が聴けて良かった……」


 先輩と話している間、電話の向こうの先輩は今こんな表情をしているんだろうなーってずっと考えていた。
 くすくすと笑った顔も、ちょっぴり怒った顔も、困った顔も簡単に思い出せるんだけど、でもやっぱ、これじゃ満足できないってのが正直な感想。

『また明日……じゃなくて。えっと、次会えるのは学校が始まってから、かな?』
「そーっスね……」
『そっか。それまで元気でね? それじゃあ、おやす――』
「センパイ!」
『え……?』

 電話を切ろうとした先輩に慌てて声を掛けた。向こうも驚いているようだけど、無意識で先輩の名前を呼んだオレ自身も驚いていた。

「本当はね、センパイに会いたかったからメールしたんス。合宿の時は毎日センパイと居られたのにあれ以来一度も会えてなくて……。寂しい。オレ、センパイに会いたいっス……」
『黄瀬くん……』
「なんて……ごめん、今のは忘れて? あはは、センパイを困らせるつもりはなかったんだけどな……」
『えっと……。来週の日曜日にお祭りがあるの。もし良かったら一緒にいかない?』
「え……?」
『高校の近くだから、黄瀬くんの練習が終わった後にでもどうかなって。あ、他に予定があるのなら別にいいの』
「行く! 絶対に行くっ!!」
『ふふ、それじゃ決定。詳しいことはまたメールするね』
「了解っス! もう、マジで楽しみっスよ! センパイ、ありがと! 大好きっス!!!」
『なっ……!!』
「それじゃあ、おやすみ、センパイ!」

 夜中なのに叫びたくなってしまうほど嬉しい。ずっと通話をしていたせいで熱くなったスマホを充電器に置いてから、本日二度目のベッドにダイブ!
 お祭りの時に先輩が浴衣を着てくれてたらどうしよう。つーか、オレも浴衣着ていきたいなー。そんで、「お揃いだね」って喜んでもらいたい。射的でカッコいいところ見せて、静かなところで2人っきりで花火を観賞……。あれ……これって先輩と初めてのお出かけ……。
 あー、もう、こんなんじゃ今夜は眠れるわけねーって!
 先輩としたいことがどんどん溢れてくる。その一つ一つにニヤニヤしながら、オレは先輩とのお祭りプランに思いを馳せた。

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