冷房の効いた涼しい部屋で先輩は横になっている。オレはその枕元に座って、ぐっすりと眠る名前先輩を見つめていた。
 練習に戻らなくちゃいけないのはわかっている。しかし、あまりにも心配をするオレを見かねた笠松先輩がここに残って看病をすることを許してくれたのだ。

「センパイ……」

 髪の毛を梳くように頭を撫でてみる。ぴくりとも動かない先輩はこのまま目を覚まさないんじゃないかって、怖くて怖くて先輩に触れる指が微かに震えていた。
 辛いのは先輩なのに、オレが弱気でどうすんだよ……くそ。

「ん……………」
「っ、センパイ……?!」
「あれ、私……」

 どうしてこんな所にいるのかと不思議そうな素振りで辺りを見回した先輩はゆっくりと上半身を起こした。

「もう大丈夫?! まだ頭くらくらしたりしない?」
「う、うん……。もしかして私倒れちゃ――」
「センパイ……、無事で良かった……っ!」

 腕の中に閉じ込めた先輩が驚いたようにオレの名前を呼んでいた。でも、その時のオレに先輩を離してあげるなんて選択肢はなかったんだ。

「オレ、センパイが倒れた時に何もできなかった……。ただ、オロオロして、先輩が死んじゃったらどうしようって」
「き、せくん……」
「きっと笠松センパイがいなかったらちゃんと処置してあげられなかった。そんなオレがすげーなさけなくて……、ごめんね先輩、ごめん……」
「ありがと、黄瀬くん……」
「え……、どうして、ありがとうって言うんスか……?」

 抱きしめる腕の力をほんの少し弱めて先輩の顔を覗き込むと、オレを見上げていた先輩は頬を少し赤らめて柔らかく笑った。

「目が覚めた時に黄瀬くんがいてくれてすごく安心できたの。だから、ありがとう」
「センパイ……」
「ふふ、黄瀬くんってば泣きそうな顔してる」
「っ……!」

 先輩の細い指が伸びてきて、オレの頭をぽんぽんと2回撫でた。
 まるで小さな子供をあやすみたいに優しくて暖かい仕草にぐっと息が詰まって、一瞬で胸が苦しくなる。

「あり……がと、センパイ……。オレ、もっと頼れる男になるから……、だからそれまで待ってて……」
「うん……、わかった……」
「名字、体調はどうだ?」
「「っ…………!!」」

 ガチャリと部屋のドアが開いて、そこから笠松先輩の声が聞こえてきた。きっと、名前先輩の様子を見に来たんだろう。
 気付いてみれば、オレはまだ先輩を抱きしめている。
 顔を赤くしたオレたちは慌てて身体を離すと、先輩は布団の中へもぐりこんで、オレは先輩から1メートル距離を置いて正座をした。

「何してんだ、黄瀬?」
「え……、あ、はは……。ちょっと正座をしたくなっちゃって」
「って、名字ももう気が付いてたのか」
「う、うん……。ごめんなさい、迷惑かけちゃったみたいで」
「迷惑なんかじゃねーさ。俺たちも名字達に仕事を押し付けすぎたって反省してんだ」
「ううん。そんなこと……」
「とにかくお前はもう少し休んでろ。今夜はみんなでバーベキューだろ? それまでに元気になってろよ?」
「うん、ありがとう。笠松くん」
「んじゃ、コイツはもう連れてくな」
「え……? も、もう行くんスか?」
「もう、じゃねーよ馬鹿! 明日には合宿は終わりなんだ。みっちり練習すんぞ!」
「はーい……」

 笠松センパイに引きずられるようにしてオレは先輩が休んでいる部屋を出た。
 勢い余って先輩を抱きしめてしまった腕を、先輩が撫でてくれた髪の毛を妙に意識してしまう。
 次に先輩に会った時にどんな顔をしたらいいんだろうって、そんな不安が頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。

キミに約束を一つ
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