合宿2日目の朝。目覚めると隣には早川先輩の寝顔があって、ここは家じゃないんだってことを思い出した。
 寝惚け眼で枕元の携帯を見るとまだ5時。毎朝行っているロードワークが習慣づいているらしく、自然と目が覚めてしまったみたいだ。
 ランニングに行って怒られることはないだろう。そう考えたオレは適当に身支度を済ませると皆が寝ている部屋をこっそりと後にした。

「山の中ってだけあって空気が綺麗な気がするような……って、ん?」

 玄関に向かう際に必ず通らなくてはならない食堂に明りが点いている。誰か消し忘れたのかと中を覗き込むと、厨房にエプロンを着た名前先輩が立っていた。

「せ、センパイ?!」
「あ、おはよう、黄瀬くん」
「こんな時間に何してるんスか? まだ5時っすよ!」

 オレは小走りで先輩に近づく。先輩は流しでお米を研いたみたいだ。それも膨大の量を。

「バスケ部さん達のためのご飯作りだよ? こんなにたくさんの食事を作るのは初めてで戸惑うこともあると思ったから、少し早目に準備してるの」
「つか、センパイ一人で作るんスか?」
「さすがにそれは厳しいかなぁ……。他の女の子達は今お洗濯と掃除をしてるの。で、それが終わったら皆でご飯作り!」

 会話をしながらシャカシャカとお米を研ぐ先輩の手の動きは滑らかで、普段から料理してるんだろうってことは想像に難くなかった。
 こんなこと絶対に口に出して言えないけど、先輩の背後に立ってお米を研ぐ様子を見ているのは結構心臓に悪いらしい。
 絶妙に抱きしめやすいサイズ。無防備な背中。初めて見る髪を結んだ先輩。それによって露わになったうなじ。
 ずっとここに居たいけど、でもそれはそれで問題があるっつーか。も、もちろん手を出したりなんかしないけど、でもやっぱ……。って、一人で何やってんだろ、オレ。
 はぁ、と無意識に溜息をついたら、手を止めた先輩が心配そうに振り返った。

「黄瀬くんなにか悩み事?」
「え? あー、いや、そんなことあるような、ない……ような……。で、でも! 大したことじゃないんで気にしないでほしいっス!」
 本当は何よりも重大な問題なのに、大したことないなんて見栄を張って、あははと笑う。
 すると、先輩はそれ以上質問しようとはせず、ただ「わかった」と頷いた。

「それなら、私は黄瀬くんが元気になれるようなご飯作るね! だから、残さないで食べて欲しいな」
「もちろんっスよ! 先輩が作るものはオレだけで全部食べちゃいたいくらいっス!」

 これは正真正銘オレの本音だ。だけど、「ありがとう」って笑った先輩は冗談だと思っているに違いない。それが今のオレの辛いところかなって思う。
 こうとなったら、それが少しでも現実に近づくよう朝飯はたくさん食べてやるっスよ。

「センパイ、オレそろそろランニングに行ってくるね。火傷とかしないように気をつけて」

 名前先輩の行ってらっしゃいを背中に受けて、食堂をあとにした。
 とりあえず腹が減るまで走ろう。ランニング本来の目的から逸脱してるかもしれないけどまあいいや。
 外に出た瞬間、朝独特のひんやりとした空気が身体を包んだ。うん。これならいくらだって走れる。
 2時間後の朝食に思いを馳せながら、オレは山道のランニングを開始した。

来たる朝食大戦争に備えよオレ!
  mokuji  
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