「きゃあっ…!危なッ…!」
「名前ー!私の分まで頑張れヨー!」

コート内を右に左に走り回り、こちらに投げられるボールから逃げている時、横から聞こえてきたのは神楽ちゃんの呑気な声援だった。

「もう…!どうして神楽ちゃんが退場させられちゃうわけ…ッひゃぁ…!」

ヒュン、と身体スレスレの所を通ったボールを間一髪で避ける。このままだと死人がでるおそれがあるという審判の判断も確かに一理あるが、神楽ちゃんが抜けてしまったのは、Z組にとってかなり痛い。
決勝戦に臨んでいるZ組コートに残っているのは4〜5人。相手コートに残っているのはあと1人だけなのに、その残っている人はハンドボール部のエースらしく、数分後にZ組コートに立っていたのは、私と土方くんの二人だけになってしまった。

「アイツの球を避けられるなんて、お前すげーじゃねェか」
「たぶん、私が女だから手加減してくれているんだと思う……わッ!」

土方くんに話し掛けられたせいで注意が逸れてしまっていたのか、私を目掛けて投げられたボールがすぐ目の前まで迫っていた。あと少しでぶつかるとわかっているのに、どうしても身体が動かない。唯一私にできたのは、目をギュッと閉じることだった。

「あれ、痛く…ない?」

ボスン、と鈍い音と地面にボールが落ちる音。そして、クラスの皆の落胆の低い声が聞こえた。
痛みを感じない事を疑問に思い顔を上げると、さも申し訳なさそうに笑った土方くんが「お前を庇うのに必死で当てられちまった」と言った。彼が私の前に出てくれたから、私はボールに当たらずにすんだのだ。
自分が当たってまで私を守ってくれた、なんて思ったら図々しいだろうか。でも、実際にその通りなんだし、そう思いたいと望んでいる私がいる。

「ごめん…。それと…、ありがとう」
「あぁ。まぁ…、ボールをキャッチできなかったのが悔しいけどな。おい、志村の殺気がハンパねェ。何がなんでも勝たねーと、ヤバそうだぜ?」
「え…?」

土方くんの言葉に恐る恐るお妙ちゃんを見ると、顔には笑顔を浮かべつつも、その背後からただならぬ黒いオーラが滲み出ている。どれだけアイスが欲しいんだ、なんてツッコミはさておき、私がZ組の勝敗を決める重要な鍵となっているという責任感が、ひどく私の身体を強張らせた。
大丈夫、俺が外野からフォローすっからよ。そう言って軽く私の肩を叩いた土方くんは小走りで外野へと向かった。

「名字ー。俺、今月金ねェから、負けてくれても構わねーぞー!」
「銀八は黙るネ!名前ー!今こそ名前の真の力を発揮する時アルー!!」
「もう…、真の力って何よ…」

私に向かって飛ばされるクラスの皆からの声援。すごく嬉しいけれど、それに返事をする余裕は今の私にはなかった。
ボールは相手コートにある。ボールを持つ男の子は、女の私に当てることを躊躇っているらしく、やや速度を落として私へとボールを投げた。

「え…?うそ、キャッチできちゃった…」
「名前、こっちだ!!」
「う、うん…!土方くん、パスっ!」

偶然ボールを受け止めてしまったことに戸惑っていた私に、土方くんは手を挙げながら私の名前を呼んだ。頭で深く考える事もなく彼にボールを渡した後の出来事はあまりにも一瞬だった。土方くんの手元に渡ったボールは、すぐさま相手コートにいる男の子の太ももに当たり、ボールが地面に落ちる音とほぼ同時にクラスの歓声が校庭に響いた。

「すごい…!Z組の優勝!」
「名前…!」

私の元へと駆け寄ってきた土方くんは、両手の手の平をこちらへと向けている。これは何だろうと疑問に思っていると、気恥ずかしそうな表情を覗かせた彼に「ばか、ハイタッチだろ」と言われて、慌てて彼の手に視線を向けた。
すごく大きな手。そう思っただけで、なぜだか心臓は張り裂けそうなほどに動き出して、彼の手と私のそれをパチンと合わせる瞬間、くすぐったいような気持ちに自然と笑みが零れた。

「んじゃ、お疲れ」
「うん。お疲れ様…!」

沖田くんや近藤くんと一緒に教室へ戻っていく彼を見ていたら、背後からやってきた神楽ちゃんが「怪しいアル」と言いながら私の隣に立った。

「怪しいって…土方くんのことが?」
「アイツ、どさくさに紛れて名前のことを下の名前で呼んだアル」
「そういえば…そうかも…」
「あのマヨラー、絶対に名前の事好きネ」
「なっ…!そ、そんなわけないよっ…!」
「たとえそうだとしても、名前ちゃんは渡さないわ。そうでしょ、神楽ちゃん?」
「当たり前ヨ!名前までマヨラーになったら大変アル」
「もう、2人とも…、ふふっ」

私が声を出して笑うとそれが2人にも広がって、3人で目を合わせれば、笑顔はもっともっと大きくなった。右隣に神楽ちゃん、左隣にお妙ちゃん。そうやって並ぶと、ご褒美アイスの話をしながら私達も教室へと向かった。

貴方色メモリー
庇ってくれた背中、ハイタッチした手の平。すごく大きくて、そして温かかったの。
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