「あと99日…か…」

放課後の図書室で目的の本を探している時、私は3年Z組の教室の後ろにある黒板に書いてあった文字を思い出していた。
まだ記憶に新しい始業式の日、私達のクラスの担任になった銀八先生が、卒業式までのカウントダウンをすると宣言して、そこに書いた数字は340だったはず。それが、いつのまにか100を切ってしまったのだ。ほんの少し前までは、まるで別の世界の話のように感じていた「卒業」という二文字が、99という数字によって、ようやく現実味を帯び、残された高校生活もあと僅かだと、私の心に重くのしかかっていた。

「えーっと、確かあの本はここに……、あった!」

見る者を圧倒させるかのようにずらりと並んだ本棚の一番上。探していた本を発見した瞬間の小さな喜びに頬を緩ませながらそれに手を伸ばしたのだが、その喜びは一瞬にして消え去ってしまった。なぜなら、手をありったけ伸ばして、身体が小刻みに震える程に爪先立ちをしても、目的の本まであと数センチを残して手が届かなかったのだ。
頑張れ、頑張るんだ自分!なんて歯を食いしばってみても、やっぱりダメ。小さい頃から牛乳を嫌っていた自分を恨みながら背伸びを続けていると、背後から吹き出すような小さな笑い声が聞こえた。

「お前、すげー変な顔してる」
「え…?あっ…、ひ、土方くん…?」

跳ね上がった心臓と同時に振り返った先には、学ランを着た誰かが居て、身長差故に視界に入っていなかった顔を見上げると、やっとその人が同じクラスの土方十四郎くんだということを理解した。彼とは一応同じクラスであるものの、今まで会話なんてほとんどしたことがなくて、たぶん、その回数は両手で数えきれてしまうくらいだと思う。

「どれだ?」
「え…?」
「お前が取ろうとしてたヤツ」
「あ、えっと…、それ…。ううん、その右にあるやつ」

背伸びなんてする事なく、いとも簡単に目的の本を取ってみせた土方くんは、「ほらよ」と私の頭の上にコツンと本を置いた。
そんなふうに渡されたらなんだか恥ずかしくなってしまう。私は微かに火照った顔を俯いて隠しながら渡された本を手に取ると、「ありがとう」と言いながら、もう一度土方くんへと視線を向けた。

「土方くんのお陰で助かっちゃった。ここの本棚、ちょっと背が高くて困っていたの…」
「別にたいしたことじゃねーよ。他に取りたい本はあんのか?」
「ううん。今日はこれだけ」
「それなら、俺ァ帰る。お前も気をつけて帰れよ?じゃあな、名字」
「あ…、うん。また…明日…」

口元に微かに笑みを浮かべた土方くんは、黒い革鞄を片手に颯爽と図書室を出て行ってしまった。受け取った本を抱きしめるようしてその場に立ち尽くす私の視線の先には、既に小さくなった彼の後ろ姿がある。
土方くんが、あんなにも柔らかく笑う人なのだと、今日初めて知った。ルックスに関して校内トップクラスだということは、友達の話からも、自分の中ででも明らか。ただ、彼に告白してフラれた女の子は数知れずという噂から、女になんて興味のない真面目な人、もしくは冷たい人だと思っていた。でも、もしかすると私のその考えは間違っていたのかもしれない。

「土方…くん…」

さっき卒業を実感した時とは、また別の胸の痛み。彼の笑顔と声を思い出すたび、その痛みが大きくなるのはどうしてだろうか。

教えて、カミサマ
この気持ちの正体、あなたなら知っているのでしょう?
  mokuji  
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