「お前、土方のこと好きなんだろ?」
「えっ…、あ、その…」

私は慌てて視線を銀八先生から自分の手元に移した。土方くんが好きだと、お妙ちゃんや神楽ちゃんにさえ言っていないのに、どうして銀八先生が知っているのだろう。
何も言葉を発することができずにいたら、「このままでいいわけ?」と優しさを帯びた声で銀八先生が俯く私の顔を覗き込んだ。

「だって私…、告白なんてする勇気なんてないし…。それに、卒業しても二度と会えなくなるわけじゃないから、例え告白するとしても、もう少し後でもいいかな…って…」
「ふーん。名字が決めたことなら俺は口出しはしねーよ。けどな、卒業祝いとして1つ重要なことを教えてやる」
「重要な…こと?」
「あいつ、アメリカに行くんだとさ」
「アメリカ…?」

突拍子もない言葉に、私は先生が本気で言っていると信じることができなかった。嘘だっていつもみたいにおどけて欲しいと心の底から願うのに、悲しげに窓の景色に視線を向けた先生はひたすら沈黙を貫くだけだった。

「だって…!土方くんは銀魂大学に行くって…!一緒の大学に行こうって…、言ったのに……」
「両親と一緒にどうしても向こうに行かなきゃならねーらしい」
「そんな……」
「もう一度聞く。お前はこのままでいいのか?」
「っ…!私…は…」
「名前…?それに…、銀八…?」

これから自分がどうするべきなのか先生に訊ねようとしたまさにその時、なんの前触れもなく教室のドアが開かれた。そこに立っていたのは学ランのボタンを全て失った土方くん。驚く私の視界に映る彼は、私と銀八先生を交互に見遣りながら私達がここで何をしていたのか探ろうとしているように見えた。

「お前、どうして泣きそうな顔してんだよ…。まさか、銀八に何かされたのか?!」
「ばーか、そんなことするわけねーだろ。さて、俺ァ仕事あるから職員室に戻るとすっか」
「お、オイ!逃げんじゃねぇッ!」
「そんじゃ、お二人さん、卒業おめでとう。元気でな」
「銀八先生……」

ひらひらと振った手をズボンのポケットに入れて、銀八先生は教室を出ていってしまった。最後に私をちらりと見た先生の瞳は、まるで「頑張れよ」って私を応援するみたいに輝いていたけれど、結局私はそれに何も応えることができなかった。
銀八先生の足音が聞こえなくなって数秒後、静まり返った教室には、困惑したような土方くんの声が響いた。

「なんだったんだ…、アイツ?」
「あのね…、土方くん」
「ん?」
「私…、土方くんのこと、先生から聞いたの…」
「まさか銀八のヤロー、全部お前に話しちまったのか?」
「うん…」
「なんだよ…。俺が直接名前に伝えようと思ってたってのに…。そのー、あれだ…。喜んでくれるか?」

そう問われた私は、息を止め、ただ目を見開くことしかできなかった。彼がアメリカに行ってしまうと聞いて、すごく驚いて、考えているうちにどんどん悲しくなって、辛くて、怖かった。それなのに、土方くんは私がそれを喜ぶことを望んでいるの?

「っ…!おい…!どうして泣くんだ…?」
「だって…、だって…。そんなの、酷いよ…」
「は…?」
「アメリカに行っちゃったら、もう会えないかもしれないんでしょ…?私、土方くんのこと、好きなの……。だから、そんなの喜べないよっ…!」
「名前、少し落ち着け…!」
「っ……!」

土方くんに抱きしめられていると脳みそが理解するまでに数秒かかったような気がした。私よりずっと大きな身体が焦点を合わせられないくらい目の前にある。そして、私をなだめるように背中に回された手の平からは、いつかに感じた温かさがひしひしと伝わってきたけれど、今はただ、その温かさは辛いとしか感じられない。
「俺の話を聞いてくれ」と身体を離されると、私は涙を拭いつつ彼を見上げた。

「お前、何か勘違いしてる。俺が伝えたかったのは、銀魂大学に受かったってこと」
「え…?だって…、銀八先生が、土方くんはアメリカに行っちゃうって…!」
「たしかにアメリカに行くとは銀八に話したが、それはあくまで家族旅行。お前、銀八に騙されたみてーだな」
「う…そ…」

まるで魂を抜き取られてしまったみたいに、私は何も考えられなくなってしまった。穴があったら入りたい、とはまさにこのことだ。
勝手に勘違いをして泣いた挙げ句、たしか土方くんのことが好きだなんて勢いで言ってしまった気がする。あー、もうダメ。恥ずかしくて死んじゃいそう。

「志村の姉から名前はここにいるって聞いた。俺、お前に言いたいことがあってここに来たんだ」

そう言った土方くんは「顔、あげろよ」と柔らかく言葉を付け足してから、恥ずかしさで俯く私の頬にそっと手の平で触れた。3月の気温はまだまだ寒くて、冷えた頬には彼のそれがとても心地好く感じられる。言われた通り怖ず怖ずと顔を上げると、ちょっぴり目を細めた土方くんと視線が絡み合った。

「俺は名前のことが好きだ」

その瞬間、世界中の時間が止まったような気がした。どんな音も聞こえない空間で、私はただ土方くんを見つめていて、土方くんも私だけを見てくれている。
確かに土方くんは私のことを好きだと言ってくれた。これは夢なんかじゃなくて、彼のアメリカ行きも私の勘違いで、これからは同じ大学に通えて、私達は両想いで…。思考回路はぐちゃぐちゃだったけど、唯一はっきりしていたのは、私は今、すごく幸せだということ。目眩がしそうなほどの喜びで止まらない涙を、土方くんが親指で拭ってくれた。

「なぁ、もう一度お前の気持ちを聞かせてもらえるか?」
「私…ね、土方くんのこと……、す、」

どうしてだろう。さっきみたいに言ってしまえばいいのに、どうしてもそれから先の台詞が出てこない。何度も言葉にしようとしては躊躇う私を、土方くんは笑うわけでもなく、ただただ優しく見守ってくれていた。

「好き…です…」

やっとのことで震える唇で紡いだ言葉は自分でも驚くくらいに頼りないもの。だから、私の気持ちがちゃんと土方くんに届いたか不安だった。けれど、その不安を振り払うように、彼は眩しいくらい笑って、それから、私を自分の胸の中にきつく閉じ込めた。

「ひ、土方くん…っ?!」
「ガキみたいだって笑われるかもしれねーけど…」

首筋から聞こえてくる低い声が、私の心臓をますます高鳴らせる。言葉の続きを待つように彼の腕の中でじっとしていると、額を押し付けた胸板からは彼の心音がはっきりと聴こえた。

「俺、すげー幸せだ」
「うん…。私も、幸せ…!」


ほんの少し戸惑いながらも彼の背中にゆっくり手を回したら、土方くんは小さく笑ってから、さっきよりもずっと強く私を抱きしめてくれた。これってなんだか心までキュウって抱きしめられているみたい。
今日までは卒業までのカウントダウンを恐れていたけど、これからは2人の思い出を少しずつ増やしていきたい、そして、その思い出がどこまでも続いて欲しいと願ってしまう。こんなお願いは欲張りだろうか。でも、彼の温かい優しさは私の願いを叶えてくれるような気がするのだ。だから、私は土方くんを信じてみよう。そう思いながら、私は彼の広い背中に回した腕にもっと力を込めた。

青春カウントダウン
今日のゼロから始まる新しい物語
Fin.
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