どこか遠く、自分の意識が及ぶギリギリの場所で大きな機械音が私を呼んでいた。
あー、これは携帯の音だ。それはわかっているけれど、この着信音は土方さんなんだよなと思うと、どうにもベッドを抜け出して携帯に手を伸ばす気が失せてしまうのだ。それに、せっかくの休日まで土方さんの怒鳴り声を聞きたいと思うほど、私は仕事熱心でもない。居留守を決め込んで、もう一度布団の中に潜り込もうとしたのに、私の家にお泊りしていた白猫さんが携帯のストラップを銜えて枕元まで運んできてしまった。どうやら、うるさいからどうにかしてくれと言いたいらしい。仕方なくそれを受け取ると、私はディスプレイに表示された「土方さん」の文字を恨めしそうに見てから、寝起きの掠れた声で、もしもし、と返事をした。

「あー、もう…。私、今日は非番なんですけど?なのにどうして怪我人の手当てをしなくちゃいけないんですか?」
「仕方ねェじゃねーか。総悟のせいで見張りに失敗したんだ。それに、丁度お前の家の近くだったんでな」

朝早く怪我の手当てをして欲しいと頼まれるなんて誰が想像できるだろうか。たいした用事でなければ、こちらから一方的に電話を切ることだってできたのだけれど、さすがに怪我人を放っておけるほど私は冷たい人間じゃない。アパートのすぐ近くから電話をかけていたらしい土方さんをソファーに座らせ、細かい刀傷だらけの腕に包帯を巻いていると、物珍しげに部屋を見回した彼は、女のクセに殺風景な部屋だな、とニヤニヤ笑いながら呟いた。

「くだらない事を言ってないで、私の宇宙よりも大きな優しさに感謝して下さい」
「そういえば…、万事屋の野郎はまだ見つからねェのか?」
「……はい。新八くんや神楽ちゃんも必死に探してくれているみたいなんですけど…。銀さんはおろか手がかりすら見つかってなくて。もう一週間経つんですけどね……」

話題が変わった途端、土方さんが小さく息を吐き出す音と私が余った包帯を救急箱にしまう音だけが部屋に響き、それ以外の音は一切無くなってしまった。互いに気まずい雰囲気に気づいているからこそ、下手に新しい話題を切り出せないのだろう。これだから大人って面倒臭い、と心の中で毒づいていると、土方さんの背後からニャアと、今の今まで存在を忘れてしまっていた白猫さんがひょこりと顔を出した。

「お前…、猫飼ってたのか?」
「えっと…、昨日、雨宿りをしていた時に知り合ったんです。別に飼ってるわけじゃないんですけど、成り行きで家にお泊りすることになって……」
「しかし、可愛げのねェ猫だな…。この、やる気の欠片もない死んだ魚みてぇな目とか、爆撃を受けた後みてーな白い毛とか。どこぞの野郎の可哀想な部分全てを……っオイッ!馬鹿、噛むんじゃねェっ!!!」
「あ、ちょっ!噛み付いちゃダメでしょっ!」

土方さんの言葉を理解したのか、それとも本能で何かを察したのか、白猫さんは低く唸りながら土方さんに豪快に飛びついた。私はなだめるように白猫さんを抱き上げたが、土方さんに対する怒りはなかなかおさまらないようだ。
腕の中で暴れる白猫さんは、土方さんの言う通り確かに銀さんに似ているかもしれない。見た目だけじゃなくて、土方さんと仲が悪いところとか。そう思ったら、私は自然と口元に笑みを浮かべていた。

「そろそろ屯所に戻らねーと総悟に何言われるかわからねェ。今日はいきなり押しかけて悪かったな。ただ、久しぶりになまえが笑った所を見られて安心した」
「え…?」
「気付いてなかったかもしれねーが、万事屋が居なくなってからほとんど笑ってなかったんだよ、お前」

目を細めて立ち上がった土方さんは、白猫さんを抱いたままの私の頭上にポンと手を置くと、わしゃわしゃと頭を撫でた。それにつられるように顔を上げた私は、みっともないほど間抜けな表情をしていたに違いない。やはり土方さんにはいろんな意味で敵わない。ジンワリと温かくなった心の中でそう呟くと、土方さんを見送ろうと玄関に向かう彼を小走りで追いかけた。
靴を履き、ドアノブに手をかけたまま立ち止まった土方さんは、私ではなく足元に居た白猫さんに向かって「なまえをよろしくな」と言葉を投げた。あれだけ土方さんに対して敵対意識を見せていた白猫さんだったのに、その時だけは極めてバツが悪そうにニャウと返事をしたのを、私は不思議に思いながら見つめていた。
  mokuji  
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