モノクロ世界 | ナノ

自分を包む背景はすっかり暗くなってしまった。ふらつく足で自室に戻った私は、何をするわけでもなく、ひたすら月が高く昇る現実世界を見つめていた。

「よォ…、」
「……っ!」
「今日は随分と、イイ顔してんじゃねーか」
「高杉…晋助ッ…!」

ゆらりと庭に佇んでいた高杉を兎のように真っ赤な目で睨みつけるも、そんなもので攘夷志士が動じるはずがないだろう。そんなことわかっていたけど、それでも以前のように高杉を見ることなんてできなかったのだ。

「高杉って本名だったのね。しかもかなりの有名人…」
「……」
「幕吏、お金持ちを狙ったテロ…、犯人は貴方なんでしょ…?」

妖しく笑う高杉に小さな声で、けれど言葉尻をきつくして問うても、彼は首を小さく傾げるだけだった。それがまた私を苛立たせる。「例えば…、だ」と私の問いに答えず言葉を紡ぎだした高杉を訝しげに見遣ると、「何よ…」と短く応えた。

「幕府を良く思っちゃいない連中が、将軍家にかかわる縁談を知ったとしたらどうすると思う?」
「は……?」
「壊しちまうのさ、全て」

クツクツと笑いながら唇を歪め、高杉がこちらを見下ろした時、爆音と共に身体が痺れるような振動が私を包み込んだ。ハッと息を飲み込んで音がした方向を見ると、そこは玄関があるはずの場所で、おぞましい色をした黒煙と目が眩む程に明るい炎が揺らついていた。ここは木造の屋敷だから、あの炎がここに手を伸ばすのは時間の問題だろう。

「これも貴方の仕業?」
「俺ァ…、」
「娘をみつけたぞォォ……!!!」

高杉の言葉を遮るように部屋の障子を乱雑に開け放ったのは1人の男。振り返った私の瞳に映ったその男は、荒く息をしながらスラリと白刃をこちらに向けて、至極真剣な眼差しをしていた。その声に引き寄せられたのか、ドタドタと床板を素早く駆ける複数の足音が徐々に近づいている。もう逃げ場などない、と、そう思った私の心は不思議と焦ることもなく、逆に今までのざわつきが鎮まって行くような気さえした。

「もう、いいわ…」

丁度、このくだらない世界にウンザリしていたところだ。私は、自分で自分の命を絶つことなんてできない臆病者だから、ここで第三者の手によって全てを終わらせられるのなら都合がいい。
口元に笑みを浮かべながら私は庭を振り返りって、部屋に駆け付けた4、5人の浪士達に背を向けた。改めて正面から向き合った高杉晋助…、いや、高杉さんは煙管を唇から離して、ふぅと息を吐き出した。

「どうせなら、貴方が高杉晋助だって知らないまま死にたかった…」

けれど、たとえ貴方にとって全てが偽りだったとしても、私が偽りだと知ったとしても、やっぱり私にとっては、高杉さんの冷たい手も、共に眺めた桜も、貴方への気持ちも、どれも真実なのだ。それを憎めと自分に言い聞かせることなんてできないし、したくもない。
震える瞼を閉じると、悲しみか、恐怖か、それとも喜びなのか、よくわからない涙が頬を伝った。そして、瞼の裏に焼き付けた高杉さんの姿を見つめながら、私は最期の言葉を紡いだ。

真実を抱きて物故せむ
ありがとう、高杉さん。貴方のことが好きでした。

  Back  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -