モノクロ世界 | ナノ

「どうしてもこんな道を通らなくてはいけないの…?」

真夜中ということもあってか、私の問い掛ける声が、自然と吐息が多く混じった小さなものになっていた。今にも電球がきれてしまいそうにチカチカと点滅を続ける街灯がぽつぽつと並ぶ道。高杉さんはそんな不気味な道を迷うことなく、ひたすら真っ直ぐに進んでいた。

「俺ァ、ちょっとした有名人でよォ。俺の熱心なファンにお前との時間を邪魔されちゃぁ困るんだよ」
「有名人……?あ、痛っ……」

有名人だとクツクツと楽しげに笑った高杉さんを疑問に思っていると、暗闇に隠されて見えなかった何かに足をぶつけてしまった。立ち止まって鈍い痛みに顔を歪ませていると、「鈍臭ェ女だ」と溜息混じりに言葉を落とした高杉さんに右手を握られ、不本意にも心臓がトクンと跳ね上がった。「冷たい手…」そう呟いても、彼は何も答えてくれなかった。
一体どこへ向かっているのだろうか。そんな疑問を持ちはじめた頃、ついに高杉さんの足音が途切れ、それに気付いた私はゆっくりと顔を上げた。

「これ、は……」

見開いた私の目には闇夜にぼんやりと妖しげに浮かぶ大きな桜が映った。満開を少し過ぎた頃らしく、風が吹かずとも小さな花弁がクルクルと回転しながら散っていた。しかし、ひとたび緩い風が枝を揺らせば、心地好い風の音と共に、地面を白く彩っていた花びらと枝から離れたばかりの花びらが一つになって夜空に舞い上がった。

「きれ…い…」
「涙流すほど感動することか?」

呆れたように隣で煙管を銜えた高杉さんが言った。
桜なんて何十回も見たことがあるわけで、私ですら、どうして自分が泣いているのかわからなかった。何故か、今この瞬間に見る桜は私の心を大きく震わせる。
「別にいいでしょう?」と鼻を啜りながら素っ気なく答えると、「また連れてきてやらァ」と目を細めて桜を眺めていた彼の口から紫煙がくるりと宙に舞って闇夜に消えた。

「ありがとうございます…」
「……」
「高杉さんは優しいのね」
「うるせェ…」

クスリと笑いながら左隣を見上げると、不機嫌そうに視線だけこちらに寄越した高杉さんは「帰るぞ」と言って強引に私の手を引いた。
私はこの人が「高杉」という名字であることしか知らない。いや、唯一教えてくれたそれすら偽りかもしれない。それなのに、その冷たい指先も、広い背中も、紫煙の香りも、全部、全部、今夜の桜と同じように私の心を苦しいほどざわつかせるのはどうしてだろうか。

真夜中に跳ねる心臓


貴方のことがもっと知りたいの

Back  
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -