ノンシュガー彼女とイチゴミルク

「名前、」
「……」
「あれ?無視しちゃうわけ?」
「何ですか坂田“先生”?」

名前は冷たいなー。そう言った坂田先生は、屋上のフェンスに寄り掛かる私と同じようにそこに立つと、ニヤリと笑って流し目でこちらを見た。

「学校内で私のことを名前で呼ぶのはやめて下さいって…、何度も言いましたよね?」
「んー?そうだっけ?」
「とぼけないで下さい。もし生徒に聞かれでもしたら…」

ハァと隣の坂田先生を見遣りながら溜息をついた。困るのは私達ですよ?そう窘める言葉を付け足しても、視線の先の坂田先生は私の言葉など気にする様子はないように見える。どうして坂田先生はこんなにも危機感がないのか、私にはよくわからない。本当に困った人。そう思って、本日2度目の溜息をつこうとすると、隣の坂田先生は何かに気付いたように妖しく笑うと、フェンスに手をかけていた私の上に自分の手を重ねた。

「ちょっ…!いきなり何するんですかっ…?!」

跳ね上がった心臓と一緒に彼の手を振りほどこうとしたのに、それは許さねェよ、なんて無駄にカッコイイ声で言った坂田先生の指がきつく絡みついた。意味がわからない、と伝えるように驚いた顔を向けると、彼はもう片方の手で私の頬をスルリと撫でた。

「んっ……」
「顔真っ赤にしちゃって、名前ってば可愛いすぎんだろ」
「坂田先生が…そんなことするからいけないんですっ…!」
「名前ってさ、男に慣れてねーんだな」
「それ…は…、」

坂田先生からの質問に私は思わず口ごもりながら目を逸らしてしまった。慣れているかいないかで答えるのならば、私は男性に慣れていないのだと思う。実際、こんなふうに男の人に近付かれるなんて初めてなのだ。
返答の言葉の代わりに首を縦に振って彼の言葉を肯定すると、やっぱりな、と声に喜びを滲ませた坂田先生は有無を言わさず、強引に私を抱き寄せた。

「ちょっ…!!坂田先生…?」
「やべぇ…」
「えっ…?」
「すっげー、嬉しいんだけど」

彼の表情を見ることはできないけれど、ちょっぴり痛いくらい力のこもった腕や、その声色から、坂田先生がどれだけ喜んでいるのかがはっきりとわかった。学校でそんなことをしないで下さい。いつもだったら、きっぱりと言えるはずなのに、何故か今は、ずっとこうしていて欲しいと思ってしまった。これは我が儘なのだろうか。私にはよくわからない。
ゆっくりと身体が解放されると、緩やかな風が火照った身体を冷ますように私を包みこんだ。坂田先生は微かに目を細めてこちらを見た。私の肩に置かれた手にグッと力がこもって、だんだんと彼の顔がこちらへと近付いてくる。心臓は痛いくらいに速く動いているというのに、これからキスをするんだろうな、なんて彼の瞳から目が離せないまま冷静に分析している自分がいた。

「んっ……、甘…い…?」

あと10センチの距離まで顔が近付いて私が目を閉じようかと思った時、ニヤリと笑った坂田先生は私の唇に自分の唇ではない、別の何かを押し当てた。疑問に思うのと同時に、コロンと小さな塊が舌の上に転がり落ちた。

「はい、これは銀さんオススメのイチゴミルクキャンディーです」
「え…?」
「だってほら、生徒に見つかったらヤバイんだろ?」
「っ…!」

坂田先生はすごく意地悪な笑みで私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。私はムッとした表情を浮かべて、やめてくださいと彼の手を払うと、彼から貰ったキャンディーを口の中で転がした。

「あれ?期待しちゃってた?」
「し、してませんっ!」
「またまたぁ。名前は素直じゃないんだから」
「私が期待なんかするわけないじゃないですか!もうっ、坂田先生のバカっ…」

緩んでいるらしい口元を手で隠しながらこちらを見ていた先生から、ふいっと顔を背けた。坂田先生は狡い。すごく、すごく狡い。けど、そんな彼も、口に広がるこの甘さも、嫌いじゃないのかもしれない。
職員室に戻ろうぜ。そう言ってスタスタと歩きだした坂田先生の背中を小走りで追いかけた私は、どうやって彼に仕返しをしてやろうかと心の中で考えていた。

ノンシュガー彼女とイチゴミルク

「ぎ、ぎ、銀時……っ!」
「えっ…?お前…今、銀時って…」

驚いて立ち止まった彼の、だらしなく緩んだネクタイを無理矢理引っ張ると、私は引き寄せたその頬にイチゴミルク味の唇を落とした。


Fin.
2周年記念リクエストの3つめは、陸さんの「“平凡な日々にスパイスを“の続編」を小説にしました。
普段は教師坂田と生徒ヒロインばかりで小説を書いていたので、とても新鮮な気持ちで小説を書くことができました。

陸さん、リクエストをありがとうございました!


prev mokuji next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -