星空に手をのばす

 「うーん……いくらセールだって言ってもさすがに買いすぎちゃったかな……。しかもこんなに遅くまで買い物しちゃうなんて……」

 左右の手にはいろんなお店の可愛いショッパーがぶら下がっている。
 時間を確かめるように空を眺めると、冬の澄んだ空気のおかげでいつもよりもずっと綺麗な星空が私を包み込んでいた。
 クリスマスも終わった冬休みのある日。年末大セールという言葉に魅せられて買い物に来てみたら、自分の考えていた以上にお財布からお金が消えてしまった。
 可愛い洋服が安く買えたのは嬉しいから大満足なんだけど、ダッフルコートやダウンといった冬物は一つ買っただけでも大きな荷物になっていて、このまま歩いて家まで帰れるかなって、ちょっぴり不安になった。

「随分と買い物をしたみたいだね。僕も手伝おうか?」
「え……? あ、赤司……くん?!」

 なんて紳士的なナンパなんだと、内心苦笑いしつつ背後からの声に振り向くと、そこには中学の頃私がマネージャーをしていたバスケ部で主将を務めていた赤司くんがいた。
 たしか京都の高校に行ったと噂で聞いたことがある。そんな彼がどうしてこんなところにいるのだろう。

「どうしてここにいるのか、って顔をしているね」
「うん……正解、です」
「昨日までバスケの大会がここで行われていたんだ。だから、年明けまでは東京で過ごすつもりだ」

 私がなるほどと頷くのと同時に、赤司くんは流れるような動作で私が右手に持っていたショッパーを持ち上げる。
 それを止めようとしても「気にしなくていい」と制されてしまって、私はお礼を言って赤司くんの後ろをついて歩いた。

「こうして話すのは卒業式以来かな?」
「うん……そう、だね」

 本当は違う。私は心の中で否定した。
 赤司くんと最後に話したのは、夏の大会が終わった日。たった一言、「お疲れ様」と言葉を交わしたんだ。
 それ以降、日常生活で赤司くんと接することなんて一度もなかった。なぜなら、赤司くんはカッコよくて、優しくて、勉強できて運動もできる。非の打ちどころなんて一つもない彼は、周りの女の子から「赤司様」と自然に呼ばれちゃうくらいすごい人で、気軽に話しかけるなんて到底できなかった。
 だから、いつだって私は遠くから赤司くんを眺めるだけ。卒業式の日、彼が卒業生代表として全校生徒の前で答辞を呼んでいる姿をふと思い出した。あの時も私は「大勢」の構成員の一人として赤司くんを見つめていたっけ。
 結論を言ってしまえば、私にとって赤司くんは遠い憧れの存在。まるで星みたいに綺麗に輝く赤司くんは、いつも私の視線の先にいるのに、私の手が彼に届くことは永遠にないの。

「ねえ」
「ん?」
「そこの公園で少し話していこうか」

 時間大丈夫?と控えめに尋ねられて、私は条件反射のように頷く。
 でも、頷いてから後悔……ではないけれど緊張が全身に広がって、右手と右足が同時に動いているんじゃないかってくらいに頭が働いてくれなかった。
 赤司くんが腰かけた隣に30センチの距離をあけて座る。スカート越しに木製のベンチの冷たさが伝わってきて、身体がちょっぴり震えた。

「寒い?」
「うん……、ちょっとだけ。でも大丈夫……!」

 私は務めて明るい調子でそう言うと、足元に置いていた紙袋の一つからダウンコートを取り出して私と赤司くんの膝にかけた。

「これで少しは温かくなる……と思うんだ」
「ああ、十分温かいよ。ありがとう」

 赤司くんが微笑んだような息遣いが聞こえて、緊張とはまた別のドキドキが胸をきゅっと締め付けた。
 そういえば、赤司くんはマネージャーの私達によく労いの言葉をかけてくれたなぁって。そういう所も赤司くんが人気の理由の一つだった。
 私たちの間には沈黙が広がる。
 なのに、お互いに無理に話題を探すわけでもなく、昔の思い出を懐かしむための沈黙すら楽しんでいるんじゃないかってそんな気がした。

「さっき、君はウソをついたね」
「え……?」
「ああ。いや、別に責めるつもりはないんだ」

 少し慌てたように赤司くんは取り繕う。

「僕たちが最後に話したのは、全中を終えて引退した時が最後だろう?」
「赤司くんも覚えてたんだ」
「僕にとっては唯一の後悔……みたいなものだから」

 赤司くんの「後悔」という言葉がやけに違和感を持っているように感じた。私は自信に満ち溢れている赤司くんしか知らないからそう感じてしまうのかもしれない。

「くだらないことだと笑われてしまうかもしれないけれど、君と会話をする時、僕はいつも自分が緊張していることに驚かされるんだ」
「あ、赤司くんが緊張……?」

 そんなことあり得ない。でも、赤司くんは「嘘じゃないよ」とでも言うように首を傾げた。

「バスケ雑誌のインタビューや、全校生徒の前で話す場合でも緊張なんてしたことがないのに、君の前では自然と心拍数が上がってしまう。そんなことが原因で君に無様な姿を見せたくないと、意識的に声をかけることを躊躇っていたんだ」
「…………」

 なんだか相槌を打つこともできなくて、私はただただ膝の上で握りしめた拳を見つめていた。
 息が白くなるほどの冷気がじわじわと身体の芯まで迫ってきているはずなのに、不思議と寒さは感じなかった。

「卒業式の日、答辞を読んでいた時に壇上から君を見つけて、今日だけは君に会いたいと、京都に行くことを伝えようと決めた。それなのに結局君に会えずじまいで、あの日ほど自分を情けないと思ったことはなかったな。でも……」

 呼吸を整えるように置かれた間に、私は顔を上げて赤司くんを見た。
 私の心臓をおかしくしてしまう優しい笑みがこちらに向けられる。

「今日は君に声を掛けられて良かった」
「わ、私も……。私も同じ」

 昔から赤司くんと会話をする時は緊張していた。それは今でも変わってなくて、固く握った手は今も小さく震えている。
 でも、赤司くんが本当の気持ちを話してくれたのに、私だけ黙っているなんてしてはいけないと思う。
 だから、今日は今まで出せなかった勇気を全部全部集めて、赤司くんに本当の気持ちを伝えようと決心した。

「私にとって赤司くんは憧れの存在で……だから、話したいと思っても話しかけられない。それに、いざ赤司くんを前にすると心臓がドキドキして上手く言葉が出てこなくて……。い、今だって、ちゃんと話せているかすごく不安だよ……?」

 ついに言っちゃった……。自分で考えてした行動なのに、よくこんなこと言えたなぁって客観的に分析して驚いている私がいた。
 そんなふうに驚いていられたのも束の間。突然赤司くんの手が伸びてきて私の頭を優しく撫でた。

「大丈夫、名前の言葉はちゃんと僕に伝わっているよ」
「あ、赤司くん……」
「それにしても、僕たちはなんてもったいないことをしていたんだろうね」
「え……?」
「だって、お互いに話したいと望んでいたのにそれができなかったんだから」
「あ……、確かにそうだね……」
「ねえ、名前」

 ふと改まったように赤司くんが私の名前を呼ぶ。

「今日から少しずつ、すれ違ってしまっていた時間を埋めていきたい」
「う、める……」
「そう。電話でもメールでもなんでもいい。君のことをもっと知りたいんだ」

 熱に浮かされたせいで赤司くんの話している内容をちゃんと理解できていないかもしれないと思った。
 でも、それがとても素敵なことだって、幸せなことだっていうのはちゃんとわかっているの。

「うん……」

 ゆっくりと頷いてから赤司くんを見つめる。その時の赤司くんはとても嬉しそうに……今まで見たことがない年相応の笑顔を浮かべていた。
 決して届かないと信じて疑わなかった存在は、今、私の目の前にいる。
 信じられない。でも、それが嘘じゃないと教えてくれるように、赤司くんは私の手の上に掌を重ねて、そっと握りしめた。

星空に手をのばす





うさこさんから今回のタイトルをいただきました!

きらきら輝いて、でも絶対に手が届かないお星さまに赤司くんをたとえてみた結果、このようなお話ができました。
中学時代はお星さま赤司くんには手が届きませんでしたが、ようやく手が届いた…ということだと思います!

うさこさん、素敵なタイトルをありがとうございました。
赤司くん連載を楽しんでいただけてとても嬉しいです(*´ω`)これからもっともっとカッコいい赤司くんを書けるよう頑張ります!
そして、今後も温かく見守っていただけると幸いです。

追伸:恐ろしいほど長くなってごめんなさい(笑)

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